オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』巻末解説補遺(2)オニオンズと「モダン・ホラー」と「モダンホラー」
オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』(国書刊行会)[Amazon][kindle]解説執筆の依頼を受けた際に、編集サイドからは「(平井呈一的な用法での)モダン・ホラーの系譜におけるオニオンズの位置づけ」について論じて欲しいとの要望がありました。この「・」が付いた「モダン・ホラー」は、スティーヴン・キングに代表される「モダンホラー」とはまた別物でして、それは『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)第2巻[Amazon]の、平井呈一による解説に由来しています。
『怪奇小説傑作集』は第1巻が、マッケン、ブラックウッド、M・R・ジェイムズら三大巨頭が現れ英米近代怪奇小説の基礎ができあがるまで、第2巻がそれを受けた新世代の改革というような構成でした。その「新世代の怪奇小説」を平井呈一は、「モダン・ホラー・テイルズ」と呼んでいます。しかし『怪奇小説傑作集』の刊行年は1969年、しかも第2巻収録作は最新のヘンリー・カットナー「住宅問題」ですら1948年発表だから、そこでは私たちが馴染んでいる1960年代以降の「モダンホラー」は眼中にないのです。
『手招く美女』巻頭に置かれたエッセー「信条」に明らかなように、オリヴァー・オニオンズは先行する怪奇小説の発展史を意識した改革者であり、平井呈一のいう「モダン・ホラー」にぴったり当て嵌まる作家です。とはいえ、前述の「モダン・ホラー」の事情まで了解している読者はごく限られるでしょう。そこまで説明する余裕はとてもありませんので、解説では「モダン・ホラー」という言葉は使わずにおいて、「脱ゴシック」をキーワードに近代怪奇小説史におけるオニオンズの位置を語ってみました。
この「脱ゴシック」という視点は、かつて『幻想文学』を読まれていた方ならお気づきでしょうが、第63号に書いた評論「ゴシック・怪奇・ホラー 超自然恐怖小説の伝統と変遷」がベースになっています。「20年経っても同じことを言っているのか」と笑われそうですけど、今でもホラー史というと18世紀から21世紀に至るゴシック性の継承という視点で語られることがほとんどですので、まあ延々逆張りみたいなことを続けているわけです。それに、何よりもオニオンズが「信条」で自らの幽霊描写とゴシックとの違いを強調していますから、今回の解説は「脱ゴシック」がぴったりだろうと。
その一方で、オニオンズの作品には、その後の「モダンホラー」の先駆けとなっている面もあることも、指摘しています。具体的には「手招く美女」と、シャーリー・ジャクスン『丘の屋敷』(1959)、スティーヴン・キング『シャイニング』(1977)の類似を例に挙げたのですが、実はもう一人、日本での知名度があまり高くないため言及するのを断念したモダンホラー作家がおります。それは、『虚ろな穴』(1991)[Amazon]のキャシー・コージャです。
今回が初訳の「ベンリアン」は、怪異の根源は明かさずに、それに触れた者たちのカルト集団のような熱狂と心身の変容を描くスタイルを採っています。しかも、超越的な「何か」と人間を媒介するのは芸術で──「これはキャシー・コージャそのままじゃないか!」と驚かされたのです。モダンホラー・ブームの末期に現れ異能の作家として評価されたコージャに、80年も先駆けているとは! でも、悲しいことにコージャは、日本では『虚ろな穴』ただ一作のみで知られており、それもさほど広く読まれてはいないようです。コージャに言及するとなると、彼女の紹介から始めないといけません。
というわけで、泣く泣くコージャに触れるのは断念しました。ですから、この場で皆さんにお勧めしたいのです。『虚ろな穴』に感銘を受けた人は、「ベンリアン」を読んでみてください。「ベンリアン」に感銘を受けた人は、『虚ろな穴』も読んでみてください。決して後悔はしないはずです。
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