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2022/11/23

オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』巻末解説補遺(2)オニオンズと「モダン・ホラー」と「モダンホラー」

 オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』(国書刊行会)[Amazon][kindle]解説執筆の依頼を受けた際に、編集サイドからは「(平井呈一的な用法での)モダン・ホラーの系譜におけるオニオンズの位置づけ」について論じて欲しいとの要望がありました。この「・」が付いた「モダン・ホラー」は、スティーヴン・キングに代表される「モダンホラー」とはまた別物でして、それは『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)第2巻[Amazon]の、平井呈一による解説に由来しています。

『怪奇小説傑作集』は第1巻が、マッケン、ブラックウッド、M・R・ジェイムズら三大巨頭が現れ英米近代怪奇小説の基礎ができあがるまで、第2巻がそれを受けた新世代の改革というような構成でした。その「新世代の怪奇小説」を平井呈一は、「モダン・ホラー・テイルズ」と呼んでいます。しかし『怪奇小説傑作集』の刊行年は1969年、しかも第2巻収録作は最新のヘンリー・カットナー「住宅問題」ですら1948年発表だから、そこでは私たちが馴染んでいる1960年代以降の「モダンホラー」は眼中にないのです。

『手招く美女』巻頭に置かれたエッセー「信条」に明らかなように、オリヴァー・オニオンズは先行する怪奇小説の発展史を意識した改革者であり、平井呈一のいう「モダン・ホラー」にぴったり当て嵌まる作家です。とはいえ、前述の「モダン・ホラー」の事情まで了解している読者はごく限られるでしょう。そこまで説明する余裕はとてもありませんので、解説では「モダン・ホラー」という言葉は使わずにおいて、「脱ゴシック」をキーワードに近代怪奇小説史におけるオニオンズの位置を語ってみました。

 この「脱ゴシック」という視点は、かつて『幻想文学』を読まれていた方ならお気づきでしょうが、第63号に書いた評論「ゴシック・怪奇・ホラー 超自然恐怖小説の伝統と変遷」がベースになっています。「20年経っても同じことを言っているのか」と笑われそうですけど、今でもホラー史というと18世紀から21世紀に至るゴシック性の継承という視点で語られることがほとんどですので、まあ延々逆張りみたいなことを続けているわけです。それに、何よりもオニオンズが「信条」で自らの幽霊描写とゴシックとの違いを強調していますから、今回の解説は「脱ゴシック」がぴったりだろうと。

 その一方で、オニオンズの作品には、その後の「モダンホラー」の先駆けとなっている面もあることも、指摘しています。具体的には「手招く美女」と、シャーリー・ジャクスン『丘の屋敷』(1959)、スティーヴン・キング『シャイニング』(1977)の類似を例に挙げたのですが、実はもう一人、日本での知名度があまり高くないため言及するのを断念したモダンホラー作家がおります。それは、『虚ろな穴』(1991)[Amazon]のキャシー・コージャです。

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 今回が初訳の「ベンリアン」は、怪異の根源は明かさずに、それに触れた者たちのカルト集団のような熱狂と心身の変容を描くスタイルを採っています。しかも、超越的な「何か」と人間を媒介するのは芸術で──「これはキャシー・コージャそのままじゃないか!」と驚かされたのです。モダンホラー・ブームの末期に現れ異能の作家として評価されたコージャに、80年も先駆けているとは! でも、悲しいことにコージャは、日本では『虚ろな穴』ただ一作のみで知られており、それもさほど広く読まれてはいないようです。コージャに言及するとなると、彼女の紹介から始めないといけません。

 というわけで、泣く泣くコージャに触れるのは断念しました。ですから、この場で皆さんにお勧めしたいのです。『虚ろな穴』に感銘を受けた人は、「ベンリアン」を読んでみてください。「ベンリアン」に感銘を受けた人は、『虚ろな穴』も読んでみてください。決して後悔はしないはずです。

 

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2022/11/13

オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』巻末解説補遺(1) 書誌データについて

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 本日11月13日は、1873年にオリヴァー・オニオンズが生まれた日。そこでTwitterで予告していたとおり、オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』(国書刊行会)[Amazon][kindle]で私が担当した巻末解説に関する補遺的な連投ツイートを、今日からこのブログに整理再掲していきます。またまた不定期のだらだら続く更新になりそうな予感もありますが、ご容赦を……。

 さて今回の巻末解説では、オリヴァー・オニオンズについて日本語で書かれた資料がまだほとんどないという事情もあり、今後のオニオンズ研究の基礎として役立てるものを目指してみました。とはいえネタバレはありませんので、先に解説から読んでも大丈夫。でも理想をいえば、先入観なしにまず本文を味わって「この時代にこんな作品があったのか!」と驚いていただくのがよいかと。既訳の作を読まれている方も、新訳により印象が一新されていることにきっと驚かれるはず。

 特に「手招く美女」は、平井呈一の味わい深い訳文に親しまれている読者も多いことでしょう。しかし平井訳は、主人公の女友達エルシーの言葉遣いが設定年齢を考慮したためか、いわゆる「オールドミス」(現在では不適切な言葉)的な堅苦しさが強調されたものになっていました。ところが、エルシーは当時の女性としてはむしろ先進的な気性のキャラクターで、性格も快活です。だからこそ主人公は彼女を、執筆中の小説で理想のヒロインのモデルにしていたわけで、平井訳の言葉遣いではちぐはぐな印象を否めません。今回の南條竹則さんによる訳文では、そこがすっかり改められています。日本でもオニオンズの代表作として長らく知られてきた「手招く美女」は、今回の新訳によって真価が初めて明らかになるというべきでしょう。

  先年、『幻想と怪奇2 人狼伝説 変身と野生のフォークロア』(新紀元社[Amazon]に訳載された「屋敷の主人」もそうでしたが、オニオンズはこのころの男性怪奇作家としては女性を活き活きと描くことに長けていました。その特性が最大限に発揮されているのが、本書で初めて日本に紹介される「彩られた顔」です。翻訳を担当された館野浩美さんも紹介されているとおり、これは怪奇幻想小説史上でも異色の傑作として海外では高く評価されているものです。とにかくまず読んで、驚いてください。

  そうして本文を読んでから解説を読み、その後また本文を再読すれば、もっとも楽しんでいただけるのではないかと。私としてはできることはやり尽くしたつもりですが、調査しきれなかったところもあり、逆に用意はしていたのに枚数の都合で盛り込めなかった話題もありますので、これからご紹介していきます。第1回は、書誌データの疑問点について。

  藤原編集室さんから今回のご依頼をいただいたのは、昨年9月末のこと。〆切は12月頭だったのでごく一般的なスケジュールというべきですが、たまたま『図書新聞』の書評原稿仕上げの最中で、さらに『怪と幽』書評原稿の依頼ともちょうど重なっていたので、私個人としてはかなりきつめのお話でした。最終的にはさらに一週間ほどの猶予をくださったのですが、それでも調査しきれないところがいくつか残ってしまいました。

  まず、【オリヴァー・オニオンズ怪奇幻想系著作リスト】について。生前刊行の怪奇系中・短篇集は、『Widdershins』(1911)が始めだったとしています。ほとんどの資料ではそうなっているのですが、英語版Wikipediaを含めいくつかのデータベース類で、その前に怪奇系の作品集として『Back o' the Moon』(1906)があったとしていることもあります。ところが、その根拠が判らないのです。

  私の手元にある商業出版物では唯一、Matt Cardin編『Horror Literature Through History: An Encyclopedia of the Stories That Speak to Our Deepest Fears』(Greenwood Pub Group,2017)[Amazon][kindle]だけが、『Back o' the Moon』がオニオンズ初の怪談集であったとしています。しかし、この本でも『Back o' the Moon』の中身については何も触れていません。ほかのホラー系資料に当たっても『Back o' the Moon』については何も言及はなく、その収録作がこれまでアンソロジー等に収録されたことも、どうやら一度もないようです。結局、何をもってこの本が怪談集であったとしているのか、まったく判りません。

 ネットを検索しても、『Back o' the Moon』とその収録作を読んだという感想にはまったく行き当たりません。ただ唯一、古書店の商品紹介ページで内容に触れているものがありました。そこでは「supernatural fiction」ではなく「regional fiction」だと書かれています。「regional fiction」とは日本では聞き慣れないジャンル名ですが、地方誌に取材した小説というぐらいの意味でしょうか。

 実はこの『Back o' the Moon』、Project Gutenbergで無償ダウンロード可能です。これを読んでしまえばはっきりするのですが、この作品集は英和辞典には載っていないような特殊な用語や方言が頻繁に使われていて、私の語学力では通読にするのにどれぐらい掛かるやら、見当も付きません。〆切にとても間に合わなくなってしまう。ざっと目を通した限りでは、確かに超自然要素のない「regional fiction」らしく思われました。さらに今回訳出されたオニオンズの「信条」にも、『Back o' the Moon』につき言及はなく、『Widdershins』が最初の怪談集と受け取れます。これを覆すとなると、確たる証拠が要るのではないか? という判断で、今回のリストでは『Widdershins』をオニオンズ最初の怪談集としておきました。

 もう一つは、未訳の長篇についてです。こちらも私は実物を読んでおらず、参考文献に挙げた二次資料のみを頼りにしています。複数の資料を照らし合わせはしましたが、内容の紹介が間違っている可能性もゼロではありません。訳題も、内容と合わないものになってしまっているかもしれません。未訳書の題名については、無理に訳さず原題のままにしておこうと当初は考えていたのですが、高沢治さん訳の「信条」がすべて書名を邦訳されていましたので、合わせた方が読みやすいだろうと判断し「えい、やあ!」で訳してしまいました。

 以上の疑問点については執筆中の打ち合わせで藤原義也さんにも一応は相談しましたが、最終的な文責はもちろん私にあります。もしも誤りに気づかれた方がいらっしゃいましたら、遠慮なくご指摘いただきますとたいへん助かります。

 

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