『幽』23号と『堕天使のコード』
怪談専門誌『幽』第23号[Amazon]が発売された。特集は「幽霊画大全」で、詳しい内容はこちら。今号は大幅な誌面刷新があって、私が書かせてもらっているブックレビューのページは、インタビューやコラム記事と「おばけずきフォーラム」というコーナーにまとめられ、一人で1ページを使わせてもらえるようになった。1ページ1冊でも複数冊まとめてでも、どちらでも差し支えないのだそうだ。
また、ブックレビューについてはあらかじめジャンルの担当を割り振るということで、私は海外文学の担当となった。『幽』の書評はいつも、対象期間内の本から書評者が希望の本を選び、ダブりが生じた場合は編集部で調整して誰がどの本を書評するかを決めている。荒蝦夷の土方正志さんも海外文学担当のようだから、今後は彼の希望と調整することになるのだろう。
今回、私が書評したのは、カナダの作家アンドリュー・パイパーの『堕天使のコード』(新潮文庫)[Amazon]である。これはまずダブりやしないだろうと思いつつ第1希望にしたら、やはりすんなり通った。というのは、どういうわけだか版元がホラーではなくミステリーであるかのように売り出していて、正統派の超自然ホラーであることがあまり浸透していないようだったからだ。邦題はまるで『ダ・ヴインチ・コード』の二番煎じスリラーみたいなのにされているが、原題は"The Demonologist"(『悪魔学者』)、ミルトンの『失楽園』を専門に研究しながら神も悪魔も信じていない大学教授が悪魔の奸計にはめられ、奪われた娘を取り返すために苦闘するという、堂々たるオカルト・ホラー長篇なのである。
実は私は以前、いまはなき『SFオンライン』で同じ著者の処女長篇『ロスト・ガールズ』(早川書房)[Amazon]を書評したことがある。これは殺人事件の弁護を引き受けた弁護士が、犯行現場と目される湖で人を誘い溺れさせる伝説の女怪に惑わされていく、法定サスペンス+ホラー的な作だった。悪夢や幻覚、不吉な偶然の一致といった間接的な怪異描写を積み重ねて超自然的な力の実在を徐々に体感させるという渋い手法を、新人らしからぬ堂に入った手際で駆使していているのに感心させられた反面、ストーリー展開がやや単調で冗長に感じられたのと、主人公の弁護士が敏腕を通り越してえげつない嫌な男だったので感情移入しづらいという難点もあった。
長篇第6作だという『堕天使のコード』は、基本的な怪異醸成法は『ロスト・ガールズ』のそれを引き継ぎつつも、現実が幻想に侵され崩壊していく感覚はより激しさを増していた。そして、愛する娘を奪われた男という誰もが共感しやすい人物を主人公に据え、悪魔が彼を翻弄し二転三転していくストーリーは最後まで張り詰めた緊張感に満ちている。つまり、処女作のよかったところはよりよく伸ばして悪いところはきっちり改善している、まことに頼もしい力作だったのである。
そんな力作なのに版元がなぜかミステリーであるかのように売り出すものだから、ネット上の感想をあちこち見ているとホラーファンの間ではさほど評判になっていないようだし、ミステリーだと勘違いして不満を表明している読者もいる始末。冗談じゃないよ! というわけで応援の書評を書かせていただいた。本ブログを読んでくださっているような方であれば、決して読んで損した気分にはならないはずなので、ぜひご一読を。あ、もちろん『幽』もよろしくお願いしますね。
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