『リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』
『リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』(ちくま文庫)[Amazon]を、編者の高原英理さんからご恵贈いただきました。ありがとうございました。
高原英理はすでに、18世紀英国のゴシック・リバイバルに端を発しながら、時代も国境も越えて文学、絵画、映画、コミックといったさまざまな分野に広く浸透している、ゴシック的な美意識のありようを追った評論書『ゴシックハート』(2004,講談社)[Amazon]と『ゴシックスピリット』(2007,朝日新聞社)[Amazon]を上梓している。『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』は、そうしたゴシック精神の日本文学における展開を、アンソロジーで呈示しようとしたものである。
編者自身が序文で語っているように、本書はいわゆるゴシック小説のアンソロジーとはやや趣が異なる。ゴシック最大のシンボルというべき不穏な古城で起きる怪事件を扱ったものは、本書の収録作にはほとんどない。焦点が当てられているのはそうした様式美を愛する精神であって、いうなれば心のうちに古城を抱く人々や、いっそ自ら古城になってしまおうとするような人々の物語が集められているのである。世俗の倫理とは隔絶しているものの、人間の心性にこだわるスタンスはヒューマニスティックというべきで、血みどろの惨劇を描きながらどこか優しさすら感じさせる。
また、名作アンソロジーといっても本書は、特定の時代を黄金期に定めたような懐古的セレクションにはなっていない。5つの時代で区分された全39作の内訳は、第1部「黎明」が3作24ページ、第2部「戦前ミステリの達成」が3作52ページ、第3部「『血と薔薇』の時代」が8作114ページ、第4部「幻想文学の領土から」が12作194ページ、第5部「文学的ゴシックの現在」が13作260ページと、時代を下るほど分量が増えていく。その様はまるで、微かなさざ波がしだいに大きなうねりへと変じていくかのようで、歴史を辿りつつもむしろ今なにが起きつつあるかを見せんとする姿勢が強調されている。
本書第3部や第4部のように、ゴシック的な美意識が選ばれた美食家の専有物であるかのごとく享受されていた時代からの愛好家の中には、ゴシックの大衆化ともいえる現在の作品にある種の落差を感じる方も、ひょっとしたらあるかもしれない。しかし、編者の関心は野に放たれ広がっていくゴシック精神のありようにこそあることを、踏まえて読んでみて欲しい。その上で、次に編者に期待されるのは書き下ろしゴシック競作集ないしは叢書であろう。本書で掲げられた旗の下に集った人々がどういう作品を生み出すのか、私はぜひとも見てみたい。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント