『レンタルの白鳥 その他のちょっと怖いお話十五篇』
久しぶりにメディアファクトリーの『ダ・ヴィンチ』本誌からお仕事を頂戴した。現在発売中の2013年3月号に掲載されているアンケート企画「怪談 OF THE YEAR 2012」である。昨年出版された怪談関連書から3冊を挙げるようにとのことだったので、国産の創作から小野不由美『残穢』(新潮社)[Amazon]、海外の創作からジョーン・エイケン『レンタルの白鳥 その他のちょっと怖いお話十五篇』(文芸社)[Amazon]、残り一冊は評論・研究系から何かをと考えてずいぶん悩んだのであるが、結局、小二田誠二編『死霊解脱物語聞書―江戸怪談を読む』(白澤社)[Amazon]を選んだ。
誌面で紹介されるのは上位にランクインしたもののみと聞いていたので、3冊のうち『残穢』はまあ確実として、残り2冊はまず無理だろうと予測していた。ところが、送られてきた見本誌を見てみると、驚いたことに『死霊解脱物語聞書』が10位に入っていた。得票数が21だから票が割れた結果ともいえるけれど、怪談ブームでありながら、かえって新作の陰に埋もれがちな感もある国産古典怪談に光が当たったことは、たいへん喜ばしい。
さて、予想に違わずランク外となった『レンタルの白鳥』であるが、この本については昨夏発売された『幽』第17号で書評させていただいている。しかしながら、出版形態がマイナーなこともあって怪談愛好家の間でも充分に話題にされてはいないようなので、この機にもう一押ししておく。
「怪談 OF THE YEAR 2012」の10位以内には、海外の創作では唯一、H・R・ウェイクフィールド『ゴースト・ハント』(創元推理文庫)[Amazon]が7位にランクインしている。『レンタルの白鳥』の著者ジョーン・エイケン(1924-2004)は、英国のホラー小説史において、このウェイクフィールドとある意味で好対照な位置にあるといえる。ウェイクフィールドが次第に作品発表の場を失い「さらばゴースト・ストーリー」なる決別の辞を残して筆を折った1950~60年代に、エイケンは小説の創作を始め、伝統を受け継ぎながら独自の改良を加えつつ、モダンホラーの時代まで怪談を書き続けたからである。エイケンは活動領域の広い作家で、日本では主に児童向けファンタジーのみが邦訳されてきたが、ホラーの分野でも短篇集を14冊も出しており、ヘンリー・ジェイムズとE・F・ベンスンを語り手とした怪奇長篇『The Haunting of Lamb House』(1991)[Amazon]も書いている。
このようにエイケンのホラー作家としての業績を紹介すると、先だってこのブログで取り上げたラムジー・キャンベルのキャリアとの類似性に気づかれる方もあるだろう。だが、キャンベルとエイケンでは、作品の味わいにかなり違うところがある。キャンベルの作風は、思いきり乱暴に要約すれば、「ロバート・エイクマンが書いたパルプホラー」となるだろうか。B級ホラーのあからさまな下品さバカバカしさと、心理主義に基づく精妙な怪異描写が、キャンベルの作では矛盾せずに両立しているのである。それに対してエイケンのホラー短篇は、L・P・ハートリーやW・F・ハーヴェイあたりに雰囲気が近い。『怪奇小説傑作集』第2巻の後書きで平井呈一が彼らの「モダン・ホラー・テイルズ」を評した、「日常生活の隙間に手をかけて、いきなりそいつをクルリとひんむいて、内側にある恐ろしいものを見せる」という言葉は、そのままエイケンの怪談にも当てはまる。特に、情け容赦ない惨劇を皮肉なユーモアでくるんで優雅に差し出す手際がハートリーの諸作を思わせるのだが、そこへ意表を突く大胆不敵な奇想を加えている点に、エイケンの独自性がある。
たとえば、今回の邦訳で表題作に選ばれた「レンタルの白鳥」(原書名は『A Touch of Chill: Stories of Horror, Suspense and Fantasy』なので、本来は表題作がない)は、白鳥付きの賃貸住宅を借りた男の体験談である。この出発点からしてすでに尋常ではない上に、わがもの顔で借家内をのし歩くふしぎな白鳥の正体を巡り、物語はさらに予想も付かない展開を見せていく。収録作中もっとも凄いのが、神経症の少女と古代の伝承を結びつけた「この暗い道路を下って行くのはだれか」で、掌編ながらあれよあれよという間に読者を呆然とするような地平の彼方に放り出してしまい、圧巻であった。短さゆえにネタバレせずに紹介するのが難しいので、これはぜひとも実際に読んでみて欲しい。
こうした独特の奇想の源泉は、エイケン自身が見た夢にあった。死後刊行された短篇集『The Monkey's Wedding and Other Stories』(2011)[Amazon][Kindle]の序文として再録された彼女の言葉によると、エイケンの短篇は多くが彼女が夢で見たイメージを元に書かれたもので、朝起きてすぐ夢を書き留められるように、彼女はノートを常備していたのだという。そう聞かされるとなるほどと納得してしまうが、異様な夢を読者にとっても説得力のある小説に仕立ててみせる技術は、いうまでもなくまた別物である。むしろ、エイケンがほんとうに傑出しているのは、そこだというべきだろう。
英国の古典怪談とモダンホラーは、違うところもあるけれど、決して断絶してはいない。ジョーン・エイケンやラムジー・キャンベルのような作家たちによって、伝統は今も生き続けているのである。怪談は死なず。それを強調したくて、私は「怪談 OF THE YEAR 2012」で、ウェイクフィールドよりもエイケンを推した。
※『レンタルの白鳥 その他のちょっと怖いお話十五篇』は、版元のサイトで電子書籍版も販売されている。ただし、紙書籍版のデータを流用した固定レイアウトのPDF形式なので、KindleやSony Readerなどの6インチ画面の電子書籍端末では文字が小さくなってしまい、やや読みづらい。こちらを読まれる場合は、7インチ以上の画面を持つ端末をおすすめする。
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