2010年6月の読了書から
電子書籍ビューアとして、EKEN M001を買った。激安ニセiPadとかいってネットやテレビニュースでも報道された、中国産のAndroidタブレットである。
現在のブームよりずっと以前から、ネット上には各種の電子書籍が出回っていて、紙の本では復刻に恵まれないような書籍を電子化して無料公開してくれているサイトもある。テキストファイルのようにレイアウトが可変であるデータで作られている場合は、私がふだん手帳として利用しているiPAQ Pocket PC h4150(WindowsCEのPDA)でもそれなりに読めるのだが、PDFのようにレイアウトが固定されるデータだと3.5インチの液晶画面では狭くてとても読めたものではない。そこで『日本幻想作家事典』の作業中には、国会図書館の近代デジタルライブラリー所蔵の怪談系書籍を仕方なくノートPCで読んだりもしたのだが、かなりのストレスがあった。画面の広いタブレット端末が、以前からずっと欲しかったのである。
このEKEN M001は安いだけに品質管理がひどくて初期不良が続出しているという噂もあり、動作実績のある中古を入手した。たったの6000円。もし数ヶ月で壊れてしまっても、それほど惜しくない価格といえよう。しかし、実物を触ってみてびっくり。起動に恐ろしい時間が掛かる一方で、スリープにしても電池はみるみる減っていくわ、感圧式タッチパネルの感度が悪くて頻繁に誤認識するわで、さすがにパチモン扱いされるだけのことはあるなあと感心させられた。とはいえ、ほぼ新書サイズに相当する7インチ画面を搭載した筐体は、電子書籍ビューアとして携帯性と閲覧性のバランスが非常によい感じである。そのうち各社から端末が発売されるだろうから、本格導入までのとりあえずのつなぎとして、この機種をいじってみることにした。
平田晋策『昭和遊撃隊』(青空文庫)
EKEN M001にフリーソフトの青空文庫テキストビューア「青い空」評価版をインストールした使用感テストを兼ね、再読してみた。昭和8年に「少年倶楽部」に連載された少年向け架空戦記小説で、日本海軍が極秘に建造していた新鋭艦船からなる艦隊「昭和遊撃隊」が、アメリカ軍の日本侵攻を退けるというもの。昭和遊撃隊は超高速・超強力な巡洋艦と潜水艦主体の編成で、戦艦は有していない。今なら大和もどきの超戦艦が出てきそうなところだが、戦前には読者の側にも現在のような戦艦偏重がなかったのだろうか?
序盤から中盤にかけては最上級軽巡4隻が昭和遊撃隊の主力として大活躍する。だが、実在した最上級そのままではなくて、戦艦を上回る攻撃力・防御力を持ち、対空光線砲まで備えているという設定。それほどの高性能艦の艦隊ですら米軍の巨大爆撃機「荒鷲」編隊の猛攻に窮地に陥り、超重戦車「ライオン」部隊によりあわや日本は蹂躙されるかという時に、ようやく完成した空飛ぶ潜水艦「富士」が駆けつけ米軍を撃滅する。高い世評とは裏腹に軍事的・SF的な考証はめちゃくちゃなので、あくまで80年近く前の子供向け読み物として大らかな気持ちで楽しむべきである。
また、悪玉アメリカ軍のボス役フーラー博士は東洋人に憎悪を抱く卑怯きわまりない人物として描かれていながらも、日本の少年相手には一定の道義心を見せ、さらに戦後この少年とフラー博士の息子の間には人種・国家を越えた共感が芽生えるという、未来への希望を感じさせる結末になっている。このころはまだ、単純に鬼畜米英撃滅という描き方でもなかったのである。
神狛しず『おじゃみ 京都怪談』(メディアファクトリー)[Amazon]
メディアファクトリー編集部からご恵贈いただきました。ありがとうございました。
第4回『幽』怪談文学賞短篇賞受賞作と新作書き下ろしの計6篇を収録したもの。受賞作の「おじゃみ」よりも、書き下ろしの「安全地帯」が断然よい。森羅万象が互いに害しあうことでつながっているとしか認識できない女子高生の物語で、思春期ならではの漠然とした不安に囚われ、青臭い感情のたかぶりを世界中にぶつけずにはいられない主人公の痛々しい姿に胸を打たれた。通り魔殺人の犠牲者となった友人の霊に「自分は解放されたがあなたはこの世界に生き続けなければならないのだ」という意味のことを言われる絶望的な結末が、たまらなく恐ろしい。
出産に失敗し妊娠恐怖症になった妻と、妻が傷つくの恐れて彼女に触れられなくなった夫との断絶に植物幻想を絡めた「増殖」もおもしろかったが、自殺者の幽霊を混ぜた趣向が「安全地帯」の幽霊ほどには主題とうまく連携できていない憾みがある。「増殖」には幽霊が人を取り殺す場面もあるのだけど、奇矯なオノマトペを連発したために、そこだけまるでコメディのようで興ざめであった。このオノマトペの多用は「おじゃみ」も含めた数作に見られるが、概して滑稽感以上の効果は挙げていない。怪談だからグロテスクな感じを出さねばと考えたのだろうか? あまりジャンルの約束事は意識せずに自分なりの恐怖を突き詰めた方が、この著者は結果的にすぐれた怪談を生み出せるのではないかと思う。
谷一生『富士子 島の怪談』(メディアファクトリー)[Amazon]
これも第4回『幽』怪談文学賞短篇賞受賞作と新作書き下ろしの計6篇を収録したもの。表題作「富士子」は、受賞作「住処」の改題。狷介で粗暴なおばはんが、他人の不幸を吸い取りやさしい人格に変えてくれる霊能者を自我に対する脅威と見なし、対決を挑むという話である。発表時に主人公の強烈なキャラクターがたいへん評判になったために、改題したらしい。これは怪談というよりドタバタファンタジーではないか?とも思うが、何にせよエンタテインメントとしてはありでしょう。書き下ろしの「浜沈丁」はその続篇で、富士子は前作で戦った霊能者と組んで外資によるリゾート開発に隠れた邪悪な何かと戦うことになるのだけど、何だかゴジラが善玉になっていった過程を思い出すのは私だけだろうか。
怪談としては上記の「富士子」連作よりも、「友造の里帰り」や「恋骸」といった、精算せずに済ませた過去や心にわだかまる不安の象徴として僻島をうまく舞台にした作品の方を注目すべきである。故郷への愛憎入り交じる複雑な思いは普遍的なものといえるが、海を隔ててぽつねんと浮かぶ小島の風土が、そうした後ろめたい感覚をいっそう強める作用を生んでいるのが興味深い。
山本 弘『MM9』(東京創元社)[Amazon]
刊行時に購入していながら今まで未読だったのだが、実写ドラマ化されるとのニュースを聞いて読んでみた。怪獣が繰り返し出現してきた架空の日本を舞台に、気象庁の怪獣災害対策チームの活躍を描いたもの。ありえない怪獣たちの出現をSF的に考証づけしてみせた手際には、たいへん感心させられた。
しかしその一方で、チームのメンバーがみな魅力に欠けるために物語としては今ひとつ押しが弱く、マニア受け狙いの悪ノリばかりが目立っているのが難。裸の巨大幼女なんか自慢気に出されても……。どうしてそういう狭いウケ狙いに走るのだろう? 実にもったいない。
霞 流一『災転(サイコロ)』(角川ホラー文庫)[Amazon]
金融ヤクザのボスの墓石がぐにゃりと曲がっていたという怪異を幕開けに、身体を内側から傷つけられた死体、空を飛んできたとしか思えない死体といった異常な惨死事件が相次ぎ、背後に呪いの掛かったサイコロの存在があった。それを追うの登場人物たちは、ハンマーを武器として操る墓石デザイナーの主人公を始め、ありえないような変人ばかり。さらに、明らかになる呪いのシステムがまた……。これは明らかに怖さよりも笑いを狙っているバカホラー長篇であり、徹底したナンセンスさには清々しさすら感じる。
倉阪鬼一郎『さかさ』(角川ホラー文庫)[Amazon]
日本国内の聖域を守る聖域修復師を主人公にした伝奇ホラー・シリーズの第3弾で、今回は頭部がさかさになった呪いの人形を用いた海外からの霊的テロリズムに立ち向かう。経済的な優位を笠に着た日本という国のあり方がテロを招いたという問題提起を見せながらも、主人公は自分の努め以外一顧だにしないというドライさが倉阪らしい。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント