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2009/10/31

2009年10月の読了書から

高瀬美恵『庭師(ブラック・ガーデナー) 』(祥伝社文庫)[Amazon]
 7年前の発行時に気づかずに今になって読んだが、今年の3月でなんと第8刷! 確かに力作であった。竣工後間もない分譲マンションに、失恋して間もない女性フリーライターが入居する。そのマンションを「庭師」と自称する何者かが監視しており、住民を花壇の花々に喩えて彼らのプライバシーを怪しげなサイトで晒していた。住民たちは気づかぬまま「庭師」に操られ、互いにいがみあい、ついには殺し合い始める。
 都市生活のストレスを扱ったサイコ物かと思いきや、次第にこの世の物ならぬ何かの影がちらつき始め、終盤はとんでもないカタストロフに。もちろん早くから超常的な力が背後にあることを匂わせる伏線は貼られているものの、それを丹念に拾うというよりも、危機また危機の連続で息をつかせぬ語りの力でほとんど暴力的にサイコから超自然へ移行してしまう展開に驚かされた。少々暴走しすぎの感もあり完全に成功しているとはいいがたいけれど、意欲は評価したい。

安東能明『予知絵』 (角川ホラー文庫)[Amazon]
 ちょっとした怪作。子供が描く絵から心理や身体の状態がつぶさに読み取れるという浅利児童画診断法なるもので(これは一応実在する)、その子供や家族の死に様まで予知してしまうというのである。何やら俗流の心理テストと似通った匂いもするこの診断法が絶対に正しいというのが物語の大前提になっており、登場人物たちが不自然なまでに何の疑問も抱かず浅利児童画診断法の熱烈な信奉者になっていくのが薄気味悪い。そして主人公は信奉者になったがために、絵の示す恐ろしい運命に絡み獲られていくばかりなのである。いったい作者は浅利児童画診断法に対してどのような思いを抱いて、小説化したのだろう?

辻村深月『ふちなしのかがみ』(角川書店)[Amazon]
 人間関係のもつれが怪異を呼ぶ物語を5篇収めた短篇集。ただし著者の関心は明らかに彼岸より此岸にあるようで、幽霊の怖さよりも人間の心理のいやらしさばかりが目立つ。しかも、謎解きの興味で話を引っぱり、怖がらせるよりもなるほどと感心させようとする落とし方に持っていく傾向が強いので、どうにも理屈っぽい印象を受けた。いかにもミステリ作家が書いた怪談集というべきか。

荒山徹『柳生陰陽剣』(新潮文庫)[Amazon]
 先月読んだ『十兵衛両断』の姉妹編で、新陰流の達人かつ陰陽師である柳生友景が、日本の危機を察知し護国の鬼に変じた崇徳上皇の命を受け朝鮮妖術師軍団の陰謀と戦うという連作短篇集。前作が敵も味方も非情な策謀家ばかりだったのに比べて、本書の主人公友景は完全無欠なかっこいいヒーローで朝鮮はとことん卑怯な悪者と、かなり脳天気になってしまった。妖術合戦の奇想天外さも二回りほどスケールアップしており、巨大怪獣(慕漱蠡と書いてモスラと読ませる巨大蛾とか。いいのか?)までぞろぞろ出てくる。私には滅法おもしろかったが、ここまで行くと着いていけない読者も多いかも。

スティーヴン・キング『悪霊の島』(文藝春秋)上[Amazon]下[Amazon]
 綿密に描き込まれた登場人物の心の闇に乗じて姿を現す、外なる悪──キング流ホラーの見本のような長篇。その分新味は少ないのだが、個性的な登場人物たちが織りなす物語に次第に不吉な影が差してくるおなじみの緊張感といい、期待が絶頂に高まったところで姿を現す外なる悪の滑稽なまでにグロテスクな恐さといい、他の作家では味わえないキングならではの楽しみに満ち満ちており、読み始めるとやめられないおもしろさであった。もう一ひねりあってもという気もするけれど、手堅くまとめられた万人向けの良作である。

『ゴースト・ストーリー傑作選――英米女性作家8短篇』(みすず書房)[Amazon]
 19世紀後半から20世紀前半にかけてのイギリスとアメリカの女性作家による怪談を、各4篇ずつ収録。
(1)エリザベス・ギャスケル「老いた子守り女の話」
(2)メアリー・エリザベス・ブラッドン「冷たい抱擁」
(3)シャーロット・リデル「ヴォクスホール通りの古家」
(4)ヴァイオレット・ハント「祈り」
(5)シャーロット・パーキンズ・ギルマン「藤の大樹」
(6)ケイト・ショパン「手紙」
(7)メアリ・ウィルキンズ・フリーマン「ルエラ・ミラー」
(8)イーディス・ウォートン「呼び鈴」
 ゾンビ小説の先駆けのような(4)と、幽霊は出ないが妻の遺言に呪縛された夫の心理描写がおもしろい(6)、精神的吸血鬼と魔女狩りをミックスしたような(7)が印象に残った。本の内容そのものには大きな不満はないが、8篇でこの売価は高すぎるだろう。

H・P・ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』(学習研究社)[Amazon]
 ホラー史上の里程標的評論である表題作を中心にしたH・P・ラヴクラフトの著作集。ところがラインナップはどう見ても創元推理文庫版全集別巻3のようで、独立した一冊の本としては違和感を免れない。編訳者大瀧啓裕氏ならではの詳細を極めた注解がてんこ盛りになっているかもと期待していたのだが、読者自身に考えさせようという方針のようで、示唆を含めた解題のみなのも物足りなかった。
 ともあれ、ホラーについて考えるには必読の評論が新刊でふたたび読めるようになったことは素直に喜びたい。ラヴクラフトの創作のバックボーンを探ったり古典的名作を読むための手引きとしてばかりでなく、モダンホラーの現状と比較して読んでこそ、この評論の真価が判るのだが、その話題はいずれまた。

E・R・バローズ『月のプリンセス』(創元推理文庫)[Amazon]
月シリーズ三部作の第一部。時は1967年。何度も転生を繰り返し、未来も含めてすべての人生の記憶を持っているという男が、21世紀で体験した冒険を語る。火星(現実の火星ではなく、火星シリーズのバルスーム!)を目指し出発した宇宙船が、錯乱した乗員の破壊工作により月に不時着。月は内部が空洞になっていて大気があり、人類に似通った種族までもが棲息していた。主人公は月人の王女と恋仲になるが、月世界の覇権を巡る戦乱に巻き込まれる。地球空洞説ならぬ月空洞説が読みどころだろうが、あまり掘り下げられておらず、月世界の生物や社会の描写もあまりインパクトはない。主人公は21世紀の人生では、なぜか転生の記憶を失っている様子。まあ、ほんとにぜんぶ記憶していたら、冒険が成り立たないわけだが。先に構想されたのは第二部の方でバローズの作品中でも異色作というから、そちらに期待しよう。

『東宝特撮総進撃 (別冊映画秘宝) 』(洋泉社)[Amazon]
 東宝の特撮映画全89作をレビューしたムック。母胎が「映画秘宝」だけにひねった視点のものが多く、完全マニア向け。評論家以外の著名人も多い執筆陣があまりの大所帯でクオリティが一定せず、はっきりいって玉石混淆なのがつらい。資料性もそんなに高くなくて、なんというか、全体にマニア同士が飲み会でだべっているような雰囲気の本である。そういう雰囲気が好きな読者は楽しめるのだろうが、私には物足りなかった。

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