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2007/08/04

『神野悪五郎只今退散仕る』ほか

 例によって更新が滞っておりますが、最近読んだ怪奇幻想系の新刊をまとめて。

高原英理『神野悪五郎只今退散仕る』(毎日新聞社)[bk1][Amazon]
 書名から判るとおり、稲垣足穂が『稲生物怪録』を元に書いた『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』を本歌取りした小説である。ただし、原典の主役が15歳の少年なのに対して本書では13歳の少女であり、妖怪の首魁は山ン本五郎左衛門のライバルとして名前のみ挙がっていた神野悪五郎に変えられている。また、原典では山ン本の来訪は稲生平太郎少年にとっていわれのない椿事だったが、神野が本書の主人公夕凪紫都子を訪れるのには、紫都子の祖母以来の因縁がある。若かりしころ男勝りの女傑であった紫都子の祖母は、仲間の妖怪を取り込んでしまった怨霊を祓うことを神野に依頼されたものの果たせなかった。怨霊と妖怪の混合体はますます強大になり、今や人間の世界と妖かしの世界両方を脅かすほどになった。それを孫で女傑の血統を嗣いでいる紫都子に祓わせようというのである。
 この怨霊との戦いが、超常的な能力の衝突というよりも、己がどれだけ独立独歩で充足している主体であるかの競いあいなのがおもしろい。かつての対決時にすでに一児の母であった祖母は、子供の身を案じた一瞬の隙を突かれて敗退した。しかし、少女である紫都子は子供の弱さを脱していながら大人のような我が身を縛るしがらみを持たない自由な身であるために、所詮怨みごとが動機の怨霊となら五分に渡り合えるのである。現実を拒む魂を夢で優しく慰撫する結末といい、いかにも『ゴシックハート』の著者らしい妖怪ファンタジーだった。
 もちろん、そんなややこしいことを考えずに、ヒロインの豪快さんぶりに感嘆したり、愛らしい妖怪たちに萌えつつ読むのもありだろう。宇野亜喜良による可愛いカバー付き。

ジャック・ウィリアムスン『エデンの黒い牙』(創元推理文庫)[bk1][Amazon]
 人狼もののホラー長篇で、海外ではこの分野の古典的名作の一つに数えられながら長らく未訳だったもの。著者はSF畑の人で『アンノウン』誌掲載作だからネタもその転がし方もSF味が強く、ミュータント・テーマのSF長篇としても読める。古典の悲しさというべきかミステリ・タッチでありながら真相はわりと簡単に推測できてしまうのが惜しいが、人外の存在の悦びと悲しさをよく描いて単純なヒューマニズムに陥らないでいるあたり、キング以降のモダンホラーの水準よりもよほど新しいといえよう。きびきびした語り口で最後まで飽きずに読ませ、なぜもっと早く邦訳されなかったのかつくづく不思議になるほどである。古めの長篇ホラーの中には、このように海外での評判が高いのに未訳のままの作品がまだまだあるので、どんどん邦訳して欲しいものだ。

アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』(国書刊行会)[bk1][Amazon]
 あのアルフレッド・ベスターの未訳長篇である。こちらは実際に読んでみて、これまで未訳だったわけがよく解った。代表作『虎よ、虎よ!』に顕著なように、ベスターの作品は大胆不敵なアイデアと実験的な表現技法を盛り込みながらも、エンターテインメント小説としてのバランスもうまく保っているところが魅力だった。ところが本書は、その一線を越えてしまっている。過剰な言葉遊びといい、下ネタ連発の猥雑さといい、タイポグラフィにとどまらずイラストや楽譜までがバンバン入る視覚効果といい、破天荒さこそが作者の狙いだとは思うが、それについて行けるかどうかは意見が分かれそうだ。SFというより幻想的な現代文学に味わいが近く、『虎よ、虎よ!』のベスターだとかいう先入観を捨てて読んだ方がいいのかも。

村上健司・文/作田えつ子・絵『妖怪モノノケBOX しんみみぶくろ1』(メディアファクトリー)[bk1][Amazon]
田中裕・文/和田みずな・絵『幽霊屋敷ノート しんみみぶくろ2』(メディアファクトリー)[bk1][Amazon]
 この2冊はメディアファクトリー編集部よりご恵贈いただきました。ありがとうございました。
『新耳袋』から抜粋したエピソードをテーマ別にまとめ、子供向けにリライトしたシリーズ。対象年齢は小学校の高学年ぐらいだろうか、当たり前の話ではあるが、同じ話でも書き方によってマイルドになるんだなと実感した。可愛らしいイラストをふんだんにちりばめられている凝ったデザインの本で、子供に道を違えさせるには(笑)恰好の怪談入門書になりそうだ。

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