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2006/10/08

『いにしえの月に祈りを』

レベッカ・ヨーク『いにしえの月に祈りを』(ランダムハウス講談社)[bk1][Amazon]

 最近、海外のロマンス小説では、吸血鬼や狼男、タイムスリップなどの超常現象を題材にした《パラノーマル・ロマンス》というサブジャンルが流行っているそうだ。SFやオカルト的な要素を取り入れたロマンス小説は以前から散発的に出ていたようだけど、一つの潮流にまでなったのはこれが初めてだろう。ぼちぼち邦訳も出始めたので、新刊案内でたまたま目に付いたパラノーマル・ロマンスを、一冊試しに読んでみた。

 この小説のヒロインは、民間の生化学研究所に勤める研究員。彼女の研究所に、自分の家系に特殊な遺伝病があるのではないかと疑っている男から遺伝子プロファイリングの依頼がくる。この遺伝病というのが実は狼憑きで、男は狼男なのである。彼は自在に狼に変身できる能力を活かして私立探偵を営んでおり、凶悪犯を追い詰めては警察に引き渡していた。なぜかヒロインはこの危険極まりない男と一目遭った瞬間から猛烈な恋に落ち、男と連続猟奇殺人犯との命懸けの対決や、男の能力に疑いを抱いた刑事の執拗な追跡に巻き込まれていく──というお話である。

 こう要約するとディーン・クーンツ流のジャンルミックス・サスペンスのようだが、本書はあくまでロマンス小説なので、そのつもりで読まなければならない。狼憑きもサイコ・キラーも所詮はヒロインとヒーローの恋愛を盛り上げるためのスパイスに過ぎず、ホラーとしてもサスペンスとしてもごく薄味なレベルに留まっている。さらにロマンス小説の恋愛というのは、基本的に純愛ではあるが肉体的に結ばれることが大きなウェイトを占めるそうなので、何かというと「ああ、あの人としたい……けど、するべきではない……やっぱりしたい……」というような葛藤が繰り返し描かれる。何しろ二人の出会いの場面からして、ヒロインが遺伝子プロファイリングのためにヒーローの家を訪問し、猟奇殺人犯に撃たれた彼が丸裸のままで倒れているのを発見するという切迫した状況なのにもかかわらず、「男性特有の部分もかなり立派だ」と股間にじっと見入ったりしている始末なのである。割り切って読まないことには、「こいつら何を盛っておるのか?」と呆れずにはいられないだろう。

 もっとも、ヒーローが狼男であるという設定が、こうした極端なまでの性欲の強調にいくらか説得力を与えていることは、認めてあげないと不公平だろう。もともとどこか不自然なジャンルであるロマンス小説を、超自然的な設定が支えているというわけである。これ一冊でパラノーマル・ロマンス全体の傾向を断じることはできないけれど、ひょっとしたらそういうところにパラノーマル・ロマンス流行の一因があるのだろうかとも思った。

 ともあれ、本書はロマンス小説の読者向けの小説であって、ホラー・ファンがわざわざ手を出しても満足できるようなものではないので、話のタネに読んでみたいという方以外にはお勧めしかねる。しかし、ロマンス小説の読者には、いったいどういう評価を受けるのだろうか?

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