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2006/07/24

『下町の迷宮、昭和の幻』

 倉阪鬼一郎『下町の迷宮、昭和の幻』(実業之日本社)[bk1][Amazon]

 東京の下町を舞台に、銭湯や寄席、碁会所、紙芝居といった昔ながらの風俗を絡めたノスタルジックな味わいのホラー短篇集。だが、本書を単なる懐古趣味と安易に片づけてしまうのは間違いだろう。本書の収録作のほとんどは、現代の社会に居場所を見失ってしまった人々が主人公となっている。彼らはそもそも過去の幻に囚われているために現在に居場所がないか、あるいは理由のはっきりしない彷徨の果てに安住の地を過去の幻に見出していく。本書はいわば漂泊する魂の物語を集めているのである。だから、主人公が過去の幻に呑み込まれて肉体的な死を遂げても、むしろ胸のつかえが取れたような解放感が余韻として残る作品が多くなっている。

 ホラーらしい怪しさ恐さでは、「廃屋」と「紙人形の春」の二作が出色であった。「廃屋」は、なぜか次々と脳裏に浮かんでくる怪奇な自由律俳句が主人公を闇に誘うという、倉阪ならではの趣向が堪能できる。かつて紙芝居屋だった男が失われた禁断の記憶を取り戻していく「紙人形の春」は、微妙な暗示と鮮烈でグロテスクなイメージが巧みに配分され効果を挙げている。鬱屈した青年囲碁棋士が古文書を通じて江戸時代の無名棋士の霊と交感していく「絵蝋燭」は、ラヴクラフトの「チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件」を思わせつつも物語はむしろ正反対に展開していき、さわやかな結末を迎えるのが興味深い。締めくくりを飾る「跨線橋から」は、詳細は伏せるが倉阪のこれまでのキャリアに照らすとかなりの異色作で、倉阪の作品に慣れ親しんできた読者であればあるほど意外に思われるかも知れない。しかし、本書を通読すれば少しも違和感はなく、むしろ必然の帰結であるとすら私には感じられた。

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