『白昼の闇』
クリストファー・ファウラー『白昼の闇』(東京創元社)[bk1][Amazon]
イギリスのモダンホラー作家クリストファー・ファウラーの処女短篇集が、原書初版刊行から実に20年を経てようやく邦訳された。原題は"City Jitters"。すなおに日本語に訳すと、『都市神経症』──いやむしろ『街のイライラ』か……。本書は都市を舞台にした全10篇のホラー短篇を収録しており、それらを繋ぐブリッジとして、自分が泊まるはずのホテルがどうしても見つからずに夜のニューヨークを彷徨い続けるロンドンっ子の物語が分断されて挿入されるという、なかなか凝った構成になっている。ファウラーの著作では、ロンドンのビル群の屋根から屋根へと渡り歩いて生活している秘密結社の抗争を描いた『ルーフワールド』(ハヤカワ文庫FT)[bk1][Amazon]と、悪魔との契約譚の現代バージョンである『スパンキイ』(創元推理文庫)[bk1][Amazon]という、物語性に富んだ楽しい長篇が2つすでに邦訳されているけれど、彼の本領はこの短篇集の収録作のように都市生活のストレスから魔を立ち上らせる神経質なホラーにあるのだそうだ。
本書の訳題『白昼の闇』は著者前書きから採ったもので、そこでファウラーは「ホラー作家には雷鳴や墓地やコウモリが醸し出す雰囲気が必要だが、そうしたイメージは乱用されたために安っぽくなってしまった」と、自分が現代の都市生活から生まれる恐怖にこだわる理由を説明している。しかし、これはホラーというよりむしろ18世紀のゴシック小説のイメージに近い。そこから脱しようとするのがホラーの歴史だったわけだし(詳しくは『幻想文学』第63号(アトリエOCTA)[bk1][Amazon]所収の拙稿「ゴシック・怪奇・ホラー」を参照)、何だかなあという感じである。
さらにファウラーは、自らの作風を「現代の日常生活を舞台にして、ホラーやファンタジー、ミステリーをミックスした作品」「都会の、少し偏執的で、たいていの場合、小さなブラックユーモアがちりばめられている小説」と言っているけれど、これってパルプ・ホラーから異色作家短篇系の流れとぴったり重なるわけで……。実際、描かれている時代風俗こそ新しいものの、ファウラーの短篇の味わいは異色作家系の諸作に近く、もしも本書が早川書房から刊行されていたらなら、ほぼ間違いなく《異色作家》と形容されたのではないか。
とはいえ、単に都市の中の恐怖を描くに止まらず、まるで都市そのものがのしかかってくるかのような圧迫感を醸し出している辺りは、ファウラーならではの独自性として認めねばなるまい。個々の短篇の質もさることながら、怪異と恐怖がより過激にエスカレートしていくかのような配列もなかなか気が利いており、最後に控えた「むなしさが募るとき」ではまさしく『街のイライラ』そのものが市民を食い尽くしていく様を描ききり圧巻であった。生意気な口上は話半分に聞き流しておいて作品そのものを味わうなら、この作家はそれなりの実力の持ち主であることは間違いない。本書をきっかけに、第二短篇集"Citty Jitters2"や未訳長篇などの邦訳も続くことを期待したい。
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