購書備忘録2005その40『日本怪奇小説傑作集』
Amazonから、下記3冊が届く。
紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集1』(創元推理文庫)[bk1][Amazon]
角川ホラー文庫の『ホラー・ガイドブック』[bk1][Amazon]で、国産ホラー小説史を書かせてもらったときのこと。紹介ばかりで実際の作品が読めなければ意味がないので、文中で何か適当なアンソロジーを推薦しようとしたのだけど、相応しいものが見あたらず、弱ってしまった。復刊されたばかりのような気がしていた立風書房の『現代怪奇小説集』[bk1][Amazon]はとうに品切れ(実は復刊から15年が経過していたのだった……光陰矢の如し)、姉妹編の『現代怪談集』も絶版になって久しく、角川ホラー文庫の各種アンソロジーも古い作品はせいぜい新青年系の作家までしか扱っておらず、その当時現役では、日本のホラー小説史を見通せるような入門書的アンソロジーが一冊もなかったのだ。
世間から見るといるかいないか判らないような小勢力とはいえ、海外怪奇小説の愛読者層がどうにか途切れずに続いているのは、ジャンル自体の力はもちろんのこととして、平井呈一が編んだ創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』全5巻[bk1][Amazon]が今なお版を重ねており、教科書的な役割を担い続けていることが非常に大きい。まずは古典的名作の数々に触れ、実際の作品によって歴史を体感することが、何よりも受け手にジャンル意識を芽生えさせてくれるのだ。教科書として薦めるにたるアンソロジーが一冊もないとは、「何が国産ホラー・ブームかよ」と暗い気分になってしまったのだった。
その後2年が過ぎて、ようやく国産ホラー史を意識しつつ古典的名作を網羅したアンソロジーが現れた。本書は、『怪奇小説傑作集』の日本版を目指して編まれた国産怪奇小説アンソロジー全3巻の第1弾である。収録作はこちらの通り。まずは精髄に触れていただこうという主旨だそうで、完成度本位のセレクションになっているとのこと。例えば芥川龍之介の作品としては、「妙な話」が選ばれている。国産ホラー史での位置を考えると芥川なら「妖婆」も候補になるのではないかと思うが、作品の完成度なら確かに「妙な話」に軍配が上がる。私の好みで言うと、豊島与志雄や畑耕一、香山滋あたりは入れて欲しかった気がするけれど、それはまあどんなアンソロジーにも多かれ少なかれあるささいな不満でしかない。何より、これまではそもそもそういう議論を口にすることすらできなかったのだから、今はただすなおに刊行を祝いたい。ジャンルとしての国産ホラー小説の今後は、このアンソロジーが定番として根付くかどうかで、大きく違ってくるのではないだろうか。
飯野文彦『怪奇無尽講』(双葉社)[bk1][Amazon]
二十数年ぶりに帰郷した怪奇作家が、怪談を一晩に一人が一話ずつ語る奇妙な無尽講に参加するが……という連作ホラー短篇集。設定だけ聞くと古き良き怪奇物語風だが、中身はむしろ現代でもどぎつい方のエログロ系ホラーだったりするので、その系統が苦手な方は覚悟が必要かも。
小林源文『カンプグルッペZbv 完全版』(学習研究社)[bk1][Amazon]
次第に敗色が濃くなっていく第二次大戦後期東部戦線のドイツ軍を舞台に、敗残部隊の生き残りを核に脱走兵らを集めて創設された懲罰部隊Zbvの明日無き死闘を描く長篇戦争マンガ。初版のMGコミック版[bk1][Amazon]を持っているのだが、加筆された完全版が出ていてると知って購入した。原稿紛失のため初版では雑誌の誌面から版を起こし、薄墨や細かい描線が飛んでしまっていた終盤の50ページをレタッチしているのと、ティーガー戦車の内部図解1ページを削って、本編1ページを書き下ろし追加している。うーむ、初版の白っぽい絵は、効果を狙ったものだと思いこんでいたのだが……。書き下ろし部分は、あってもなくてもさほど印象は変わらないようなもの。装丁は初版の方が渋くて格好いいと思う。
このマンガは史実に基づくものではない。Zbvはティーガー戦車を駆って過酷な任務をクリアしていき、「懲罰大隊の格好をした精鋭」とソ連軍に恐れられたりしているが、著者あとがきによると現実の懲罰大隊は戦車など与えられず、もっぱら地雷や遺体の処理といった汚れ仕事をさせられていたのだという。しかし、本書はこのようなマンガらしいウソと、血なまぐさい戦場を情け容赦なく描くリアリズムのバランスの取り方が非常に良く、読者を選ぶ小林源文のマンガの中ではもっとも読みやすい部類だと思う。著者は若書きと恥ずかしがっているようなことをあとがきに書いているが、そういうところにも源文マンガの特徴がよく出ており、初期の代表作というべきだろう。
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