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2005/03/26

『忌まわしき絆』SFホラーミステリ

「近日中に詳しい内容を紹介」と言いつつ3週間以上過ぎてしまったが、L・P・デイビス『忌まわしき絆』(論創社)[bk1][Amazon]について。結論から先に書けば、これは「SFホラーミステリ」でしょうか。あ、いや──決してめんどうになって投げているわけでは……。核になるネタはSF、そのネタの扱い方はホラー、でも全体の体裁はミステリというような小説だったのである。

 主人公は英国の小学校の教師。彼の担任するクラスで、生徒が前触れなく突然校舎から飛び降りて死亡するという不可解な事故が起きる。同僚の女性教師によると、その場に居合わせた生徒の一人は、転校してくる前の学校でも原因不明の転落事故の現場にいたのだという。これは単なる偶然なのだろうか? 調査を進めていくうちに、二人はこの生徒の持つ超常的な能力と、出生の秘密に絡んだその能力の忌まわしい起源を知ることになる。

 とまあ、物語の大枠のみを抜き出して見ると、これはSF以外の何物でもない。だが、超能力の起源についての説明は当時としてもそう目新しいものではなく、超能力そのものについての掘り下げもごく浅いので、SFとして読むと食い足りない印象は否めないだろう。

 驚異より恐怖に焦点を当てているところは、ホラー的と言える。ところが、超能力を行使する場面の描写はごく大人しいものであって、恐怖感もそれほどではない。唯一、原題の"The Paper Dolls"に託した、ある異様なイメージが提示されるのが印象に残るが(その意味では本書の邦題はいただけない)、それもぼんやりとした暗示に留まっていて、大きな衝撃を与えるには至らない。

 ではつまらないのかというと、決してそんなことはなくて、主役の教師カップルが英国の田園地帯を巡りつつ謎を解明していく過程は、くどすぎず浅すぎないバランスの取れた人物造形と牧歌的なユーモアを湛えた筆致のおかげで、それなりに楽しめる。どうやら、著者の主眼はこうした古き良きミステリ的な謎解きのおもしろさにあるように思われる。SF的な趣向もホラー的な恐怖感も、それを盛り立てはするが邪魔しない程度に抑えられているかのようだ。

 巻頭の解説によると、1964年に発表された本書は著者デイビスのデビュー作で、出版されるまで4つの出版社で「ジャンル分けできない」と出版を断られたのだという。確かに、本書は安易なジャンル分けを拒む小説ではあるが、出版をためらうほどの異色作とはとても思えない。ミステリ仕立てのSF的ホラーと言えば、同時代では解説でも名の挙がっているジョン・ブラックバーンがいるし、ホラー史を通観すればそれこそマッケン、ブラックウッドあたりからリチャード・マシスンらを経てモダンホラーの諸作まで、一つの伝統があるとすら言える。その流れの中では、本書はそこそこ楽しめる凡作の部類でしかないからだ。

 にもかかわらず本書が刊行されるまで紆余曲折があったというのは、ひょっとしたら著者があくまでミステリ・ジャンルの革新のつもりでこの小説を書き、ミステリとして版元に売り込んでいたのかもしれない。SFホラーとしては凡作でも、もしも予備知識なしでこの小説をミステリとして読まされたのなら、編集者が戸惑ったとしてもまあ不思議はない。海外の書誌サイトなどを見ると(例えばこことか)、デイビスにはSFの叢書の一冊として出版されている著作も多いようなので、果たしてそこまでミステリにこだわりがあったのだろうかとも思うのだが。

 デイビスの作家としての活動時期は1970年代末までで、この後モダンホラー・ブームによって彼が書いたようなSFホラー風味のエンターテインメント小説が陸続と生まれてくるわけだが、その波には乗れないまま消えていったようだ。英米でもどちらかというとマイナー作家扱いのようで、他の長篇がこの後邦訳されることもまずなかろうと思われるので、ホラー史に関心のある方なら、本書は一読しておく価値はあるだろう。

 また、本書は1970年にハマー・プロによってテレビのホラー・オムニバス・シリーズ"Journey to the Unknown"の一篇として映像化されているそうである。たぶん日本では未放映だと思うが、そちらの方面は疎いのでご勘弁を。

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