不快だが魅力的『角の生えた男』
ジェイムズ・ラスダン『角の生えた男』(DHC)[bk1][Amazon]は、読む前に予想していたのとはかなり違ったけれど、なかなか読み応えがあった。帯や解説で引き合いに出されているカフカ的な不条理小説ではなく、書名の『角の生えた男』のイメージを核に全体が緊密に構成された、むしろ理に適った小説だったのだ。
主人公は、ニューヨーク近郊の大学に勤めるイギリス人講師。ある日彼は、自分の研究室の蔵書に挟んでいたしおりが、記憶と違う箇所に移動しているのに気づいた。数日後、今度は覚えのない通話記録が記載された電話料金の請求書が届く。何者かが研究室に忍び込んでいるのではないか? 彼はその背後に、自分が着任する以前、生徒に対するセクシャル・ハラスメントで解雇されたという粗暴なブルガリア人講師ツルミルチクの影を感じ、真相を突き止めようとする。
──と、導入こそ推理小説的なものの、謎の答えは早くも第2章あたりでおおよそ見当が付いてしまうようになっている。あとは、その予想が最悪というべき形ではっきりしていくばかりなのである。しかしながら、主人公の過去の回想と現在の探索行とが交錯しつつ語られるうちにイギリスとアメリカの社会がそれぞれ抱えている病が浮き彫りにされ、そこへ古典文学や中世の薬学、神話・伝承のモチーフが巧みに織り込まれることによって、次第に彼が書名の通り「角」を持ち「角」に翻弄されている男であることが明らかになっていく過程には別種のスリルがあり、精緻な語りの仕掛けに感心させられた。この「角」が何を意味するかは、本書を実際に読んでみていただきたいのだが、大胆に幻想の側に踏み出している結末をどう解釈するかは意見が分かれそうだ。
また、もともと人間は矛盾と弱さを抱えた存在だということが本書の主題の一つなのだが、あまりにもそれが生々しくリアルに描かれているので、とことんダメ人間な主人公に感情移入するのはかなり難しいかも知れない。特に、女性へのセクシャル・ハラスメントと暴力を絡めているため、どうしても嫌悪感を抱く読者もあるだろう。そして逆に感情移入できる読者にとっては、痛々し過ぎて読みづらいのではなかろうか。だが、恐らくそうした読者側の拒否反応も、著者は狙って書いているはずだ。実に嫌な、そして魅力的な小説である。
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