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2015/11/23

モダンホラーの起源を求めて

「モダンホラー」という言葉は、どうやら英米ではあまり使われなくなってきているらしい。たとえば英語版Wikipediaには、そもそもmodern horrorという項目が存在しない。書籍の題名や宣伝文句にも、最近はほとんど使われていない。かつてのブームを差す意味ではまだ使われているけれど、今現在のホラーは単に「ホラー」で、わざわざ「モダンホラー」といわなくなってきた。ジャンルを差す言葉としては、もはや死語になりつつあるのではないか。

「モダンホラー」という言葉は、そもそもが「新しいよ」と売り出すためだけに作られたような言葉で、実態ははっきりしない。スティーヴン・キングが『キャリー』(1974)でメジャーデビューしてからもう40年以上経つのだから、それを一括りにジャンルとして語るのも難しかろう。単に「ホラー」でよいではないか、となっても何の不思議もないわけだ。なのに、私はブログでもツイッターでも「モダンホラー」という言葉を使い続けている。このブログには、わざわざ「モダンホラー」タグを設けた。使われなくなってきたからこそ、ますますこだわりが生じてしまったのである。

 そのこだわりの根源は、十代の終わりごろ、里程標的なモダンホラー・アンソロジー『闇の展覧会』(1980)に接したときの、ときめきにあるように思う。これは書き下ろし競作集にもかかわらず収録作が異様に充実していて、中でもデニス・エチスン「遅番」とT・E・D・クライン「王国の子ら」の二作に衝撃を受けた。それまでに平井呈一の『怪奇小説傑作集』を中軸とした古典怪奇には馴染んでいたのだが、それらはやはりどこか懐古的なおもしろさでもあった。ところが「遅番」や「王国の子ら」を読んで、いきなり自分のすぐそばに怪異が迫ってきたような驚きを感じたのだ。厳密にいえば、ブラックウッドにせよラヴクラフトにせよ、当時の「モダン」ホラーではないかという話にもなるのだけど、ともかく前述のような個人的こだわりを、今一度掘り下げてみたいという気持がある。だから、いまさら「モダンホラー」なのである。

 先述したとおり、「モダンホラー」というのは実態が曖昧ではっきりしない言葉である。漠然と、「現代のホラー」というだけのことだというのが、ほんとうのところだろう。ただ、その使われ方を見ていると、一つの指標となり得るのはやはりスティーヴン・キングの存在で、彼がデビューして以降のホラーを指しているケースがもっとも多いようだ。一方で、キングが直接的に影響を受けているようなホラーも考慮する場合もあって、リチャード・マシスンやらロバート・ブロックやらの1950年代あたりのホラーを含んで指す場合もある。第二次大戦前にまで遡ることは、さすがにないだろう。

 こうした期間の区切り方に関しては、いくら議論をしてみたところで、厳密な結論なんて得られはしないだろう。そこで視点を変えてみて、万人が認めるであろうスティーヴン・キングの登場によるモダンホラー・ブーム、これがいかにして起こったかを考えてみてはどうか。

 一つの指標となり得るのは、出版点数だろう。しかし、私の知る限りでは、年代別のホラー小説本出版点数を長期にわたって追っているような資料は存在しない。そこで参考までに、私が猟書のために作っている個人的なリストに基づいて、不完全ながら長篇のみに限り、第二次世界大戦後からキングがデビューする1974年までの新作出版動向を概観してみる。

 実はこのリストの元になっているのは、以前にもこのブログで紹介したことのある、ホラー作家/研究家ドン・ダマッサがホームページ"Critical Mass"で無償公開している書誌データベース"Annotated Checklist of Speculative Fiction"の「ホラー」編である。ホラーに関する書誌データベースは、これ以外にもいくつか充実したものがネット上に存在する。だが、ダマッサは各作品の概要と自分なりの評価を書き添えてくれているので、私はこのデータベースを基に作ったリストを、猟書の手掛かりにしているのである。

 さて、このリストで1946-1974年の間にアメリカとイギリスで発表されたホラー長篇を数えると、以下のようになる。

1946-1950 15冊
1951-1955 24冊
1956-1960 35冊
1961-1965 41冊
1966-1970 144冊
1971-1974 258冊

 惜しいことにダマッサのデータベースはそれなりに遺漏があるので、実際の刊行点数はこれよりいくらか多い。とはいえ、動向を大づかみに概観するには、充分役立つだろう。新作ホラー長篇の刊行はなだらかな増加ではなくて、おおよそ1950年代後半にホップ、1960年代後半にステップ、1970年代前半にジャンプ、という三段跳びのような動向になっていることが窺える。特に動きが激しい1966-1974年については、1年単位の動向も見てみよう。

1966,18冊
1967,18冊
1968,29冊
1969,30冊
1970,49冊

1971,50冊
1972,53冊
1973,69冊
1974,86冊

 

 第二次大戦後から1950年代にかけては、『ウィアード・テイルズ』に代表されるホラー系パルプマガジンが姿を消していったり、古典怪奇小説を支えていた作家世代がほぼリタイアしていく時期に当たる。一方で、SFはこのころ、万人向けのジャンル・フィクションとして著しく発展していっている。同時期の映画作品を見ても、戦前はゴシック風ホラーで一世を風靡したユニバーサル・プロがSF系の映画に鞍替えしていったり、ホラーがSFに取って代わられているという印象は強い。小説でも同様の傾向があったのではないだろうか。

 映画に関してこの状況が変わり出すのは1950年代後半以降で、イギリスのハマー・プロとアメリカのAIPのホラー路線が成功し、ゴシック風ホラー映画を再興するような動きが起きていく。さらに、パルプ・マガジンに替わって大衆小説提供の主役となったペーパーバック出版では、後に30年も続く人気アンソロジー・シリーズ"The Pan Book of Horror Stories"が1959年に始まっている。アーカム・ハウスがマニア向けのハードカバー版で発掘してきたラヴクラフトの諸作が、各社のペーパーバック版で普及し始めるのも、このころである。先述の1950年代後半の「ホップ」の時期には、ホラーならではの超自然の恐怖の魅力を再発見する気運が出始めていたと見て、間違いないだろう。

「ステップ」時期の1960年代後半には、アイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』の出版(1967年3月)と、映画化(1968年6月)があった。この大ヒットの影響は非常に大きく、まったく関係ないようなホラー・ペーパーバックの惹句に『ローズマリーの赤ちゃん』が引き合いに出されているものも、よく見掛ける。以前にこのブログでも紹介した〈キティ・テルフェア・ゴシック・シリーズ〉のような、旧来のオカルト探偵物とは一線を画すキャラクター小説がホラー・ジャンルに次々と現れるようになったのも、このころからだ。また、女性向けのロマンス小説が巨大なジャンルに成長し、その中には合理的な決着に止まらず超自然の領域に踏み出すものも増えてきていた。

「ジャンプ」時期の1970年代前半には、ウィリアム・ピーター・ブラッディ『エクソシスト』の出版(1971年5月)と、映画化(1973年12月)があった。新作ホラー長篇の出版はすさまじい勢いで増加しており、キングの『キャリー』が発表された1974年には実に89冊と、1946-1960年の15年間の74冊を上回る数がわずか1年間で出ている。出版点数の増加に伴い、作品の様式もいっそう多様さを増している。超自然系ロマンス小説では、モダンホラー・ブーム沈静化以降に伸張したパラノーマル・ロマンスに先駆けて人外の存在との恋愛を描いた作品すら、すでに見受けられるほどだ(たとえば、Louisa Bronte"Lord Satan",1972)等)。キング以降のモダンホラーに直接つながっていく作品様式は、キングの登場までにはほぼ確立されていたと見て、差し支えないように思う。キングの登場が、モダンホラーをより大きなものに押し広げたことは間違いないのだが、彼もまた、それ以前からのホラー・ジャンルのより大きなうねりに支えられていたと考えるべきだろう。

 ところが、こうしたキング登場以前のモダンホラーの動向は、日本ではこれまでほとんどまともに紹介も研究もされてこなかった。キング以前のモダンホラー長篇のうち日本で翻訳出版されたものは50数冊ほどで、全体の1割弱といったところだろうか。選ばれている作家・作品に片寄りもあって、全貌を窺い知ることなどとてもできない。しかし、だからといって単純に日本のホラー翻訳者や研究家を責めたりするのは、筋違いだろう。なぜなら、英米本国でもキング登場以前のモダンホラーについては、まだ充分に評価が定まっていないからだ。急激に量が増えただけに玉石混淆なせいもあるが、あちらのホラー小説史研究でも言及される作品はごく限られており、多くの作品はリプリントもされず忘れ去られた状況にある。

 だが、こうした状況に近年、変化の兆しが見えてきている。若いころにこうした作品を読んできたファンたちが埋もれた作品を発掘紹介する個人サイトを立ち上げたり、英国ホラーを中心にファン同士が語り合うフォーラムサイト"Vault Of Evil: Brit Horror Pulp Plus!"が生まれたりして、徐々に情報がネット上に集積・流通され始めている。さらには、以前にこのブログでも紹介したヴァランコート・ブックスランブルハウスのように、埋もれたホラーの復刻出版に乗り出す小出版社も複数現れている。

 このブログでも今後、なかなか邦訳されそうにない作品を中心に未訳の作品を順次紹介し、キング以前のモダンホラーの姿を探っていこうと考えている。いつものことながら不定期な超スローペースになるだろうから、どうか気長にお付き合いください。

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コメント

中島先生のモダンホラー再確認記事、すごく楽しみにしています! 適切な紹介がなされたかわからない、チャールズ・グラントなどにも再評価の光をあてていただければ嬉しいです。

投稿: 尾之上浩司 | 2015/11/23 15:56

グラントは今からでも尾之上さんが気張れば、邦訳紹介を進めていけるのでは? 私は当面、「これは絶対邦訳されないだろ」というところを狙っていこうかなと思っています……と言いつつ、とにかく気まぐれですから、いつどこへ転んでいくか知れません(苦笑)。

投稿: 中島晶也 | 2015/11/23 21:03

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