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2015年6月の記事

2015/06/30

『幽』23号と『堕天使のコード』

 怪談専門誌『幽』第23号[Amazon]が発売された。特集は「幽霊画大全」で、詳しい内容はこちら。今号は大幅な誌面刷新があって、私が書かせてもらっているブックレビューのページは、インタビューやコラム記事と「おばけずきフォーラム」というコーナーにまとめられ、一人で1ページを使わせてもらえるようになった。1ページ1冊でも複数冊まとめてでも、どちらでも差し支えないのだそうだ。

 また、ブックレビューについてはあらかじめジャンルの担当を割り振るということで、私は海外文学の担当となった。『幽』の書評はいつも、対象期間内の本から書評者が希望の本を選び、ダブりが生じた場合は編集部で調整して誰がどの本を書評するかを決めている。荒蝦夷の土方正志さんも海外文学担当のようだから、今後は彼の希望と調整することになるのだろう。

 今回、私が書評したのは、カナダの作家アンドリュー・パイパーの『堕天使のコード』(新潮文庫)[Amazon]である。これはまずダブりやしないだろうと思いつつ第1希望にしたら、やはりすんなり通った。というのは、どういうわけだか版元がホラーではなくミステリーであるかのように売り出していて、正統派の超自然ホラーであることがあまり浸透していないようだったからだ。邦題はまるで『ダ・ヴインチ・コード』の二番煎じスリラーみたいなのにされているが、原題は"The Demonologist"(『悪魔学者』)、ミルトンの『失楽園』を専門に研究しながら神も悪魔も信じていない大学教授が悪魔の奸計にはめられ、奪われた娘を取り返すために苦闘するという、堂々たるオカルト・ホラー長篇なのである。

 実は私は以前、いまはなき『SFオンライン』で同じ著者の処女長篇『ロスト・ガールズ』(早川書房)[Amazon]を書評したことがある。これは殺人事件の弁護を引き受けた弁護士が、犯行現場と目される湖で人を誘い溺れさせる伝説の女怪に惑わされていく、法定サスペンス+ホラー的な作だった。悪夢や幻覚、不吉な偶然の一致といった間接的な怪異描写を積み重ねて超自然的な力の実在を徐々に体感させるという渋い手法を、新人らしからぬ堂に入った手際で駆使していているのに感心させられた反面、ストーリー展開がやや単調で冗長に感じられたのと、主人公の弁護士が敏腕を通り越してえげつない嫌な男だったので感情移入しづらいという難点もあった。

 長篇第6作だという『堕天使のコード』は、基本的な怪異醸成法は『ロスト・ガールズ』のそれを引き継ぎつつも、現実が幻想に侵され崩壊していく感覚はより激しさを増していた。そして、愛する娘を奪われた男という誰もが共感しやすい人物を主人公に据え、悪魔が彼を翻弄し二転三転していくストーリーは最後まで張り詰めた緊張感に満ちている。つまり、処女作のよかったところはよりよく伸ばして悪いところはきっちり改善している、まことに頼もしい力作だったのである。

 そんな力作なのに版元がなぜかミステリーであるかのように売り出すものだから、ネット上の感想をあちこち見ているとホラーファンの間ではさほど評判になっていないようだし、ミステリーだと勘違いして不満を表明している読者もいる始末。冗談じゃないよ! というわけで応援の書評を書かせていただいた。本ブログを読んでくださっているような方であれば、決して読んで損した気分にはならないはずなので、ぜひご一読を。あ、もちろん『幽』もよろしくお願いしますね。

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2015/06/11

ブラックバーン・リバイバル『獅子の顔』"The Face of the Lion"

 ジョン・ブラックバーンに新たなリバイバルの波が来ている。といっても、アメリカでの話なのだが……。ヴァージニア州リッチモンドに、ゴシック小説やホラー、ミステリのリプリントを専門にしているヴァランコート・ブックス(Valancourt Books)という小出版社があって、2013年からジョン・ブラックバーンの小説を復刻し始めており、現在、なんと15作にも達しているのだ。ブラックバーンが生前に発表した長篇はぜんぶで28作なので、半分を超えている。

 この他、イギリスのミステリ専門リプリント出版社であるオスタラ・パブリシング(Ostara Publishing)も2010年に『リマから来た男』を復刻している[Amazon][kindle]ので、現在、新刊で入手できるブラックバーンの著作は計16冊になる。2006年から2009年にかけて論創社がブラックバーンの長篇を3冊邦訳し、本ブログでもブラックバーンを繰り返し取り上げたことがあったが、あのころには彼の著作は英米でも軒並み絶版品切れで、高い古書を買うしかない状態だった。実力からすれば再評価されて当然なのだが、まるで夢を見ているかのような気分にさせられる。

 もっとも、その夢は甘いばかりではなかったりする。だって、自分が大枚叩いて買った本まで安価で復刻されてしまうんだもの! さんざん悩んで「これぐらいなら手を出せる」と決断した"Devil Daddy"(1972)[Amazon]がほぼ3分の1の2000円そこそことか!? ――などと見苦しく愚痴っていても仕方ないので、ヴァランコート・ブックスの復刻から1冊を選んでご紹介しよう。1976年発表の『獅子の顔』"The Face of the Lion"である[Amazon][kindle]。

 本書は、創元推理文庫の邦訳により日本でもおなじみである、イギリスに帰化したユダヤ人細菌学者マーカス・レヴィン卿と、その妻で元KGBエージョントのタニアを主人公にしたシリーズの1冊に属するが、彼らの友人である英国諜報部のカーク将軍は登場していない。レヴィン卿夫妻が主役なので当然ながら今回も危険な微生物が絡んでおり、感染者を醜い顔貌に変じさせ凶暴化させる謎の疫病に、二人は立ち向かうことになる。書名の『獅子の顔』はその疫病の症状にちなんだもの。感染者を獅子顔にする伝染病というとハンセン病が有名だが、顔に結節が生じれば獅子顔になるわけで、ハンセン病のみの症状ではないのだそうだ。ヴァランコート・ブックス版ではカバーアートがライオンそのもので、なんだか可愛らしい(※amazonの画像リンクです)。



 しかし、初版のカバーはこのようにもっと謎めいて恐ろしげなものだった(※これもamazonの画像リンク)。


 物語は、スコットランドのある地方領主がどんどん強大になっていて、独立運動の果てに私設軍隊まで作り、どうやら核兵器を所有しているらしいという大ネタから始まる。謀反と疫病とはすごい取り合わせ、さすがブラックバーン! と期待してしまうところだが、残念ながら止めどなく広がる疫禍によって謀反の方は序盤で自然消滅してしまい、謎の疫病がどこから生じたのかと、感染拡大をいかに食い止めるかに焦点は絞られていく。

 処女作『刈りたての干草の香り』(1958)[Amazon]を強烈に彩っていた阿鼻叫喚のモンスター・パニック的描写も本書では抑制されており、ブラックバーンにしてはずいぶんまっとうな小説となっていた。諜報サスペンスとSFとホラーをない交ぜにしたような、独特の作品世界を好む読者には、ちょっと物足りなく感じられるかも知れない。それでも、彼らしいシニカルなユーモアは健在で、破滅的な災厄こそ回避されるものの、ほろ苦い余韻が残る皮肉な結末は味わい深い。

 なお、本書にはジョン・ブラックバーンの熱心な愛好家であるグレッグ・バー氏(と、読んでいいのかな? 綴りは"Greg Gbur"なんだけど)による巻頭解説が付されており、彼は本書をリビングデッド系ゾンビ小説の先駆の一つと位置づけている。彼によれば、小説において増殖する生ける屍の群れを魔術ではなく疫禍と結びつけたのはH・G・ウェルズの『世界はこうなる』(1933)[Amazon]を嚆矢とするという。しかし、本格的にリビングデッド系ゾンビ小説が書かれるようになったのは、その後ジョージ・ロメロらによる映画のブームを受けてずっと後の、スプラッタパンク系ホラー・アンソロジー『死霊たちの宴』(1989)[Amazon]以降のことであって、ブラックバーンの『獅子の顔』はそれらを繋ぐミッシングリンク的な作品であるとのこと。熱心なゾンビ・ファンには異論があるかも知れないが、なかなかおもしろい論考だった。

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2015/06/08

ホラー専門誌『ナイトランド』復活

 もうご存知の方も多いだろうが、諸般の事情で休刊中だったホラー小説専門誌『ナイトランド』が、版元を《トーキングヘッズ叢書》のアトリエ・サードに変えて活動を再開している。『ナイトランド・クォータリー』と誌名を改めた新創刊号は吸血鬼特集で、詳しい内容はこちら

 以前と較べると、時事的な記事や雑文的コラムが廃されていて、特集に特化した作りになっている。小説作品の中では、夜間高校を舞台に吸血鬼になった少女と奇病で死に行く少女とのせつない友情を描いた、セシル・カステルッチ「エイミーとジーナ」がずば抜けて良かった。解説によると作者は本来ホラーではなくヤングアダルト小説の作家であり、エレン・ダトロウとテリ・ウィンドリングが編んだ吸血鬼アンソロジーに招かれて書いたものとのことで、なるほどと思わされた。

 惜しくも刊行には至らなかった《ナイトランド叢書》も、企画を改めて再出発という告知が掲載されていた。今夏から刊行が始まる第1期のラインナップは以下のとおり。

ロバート・E・ハワード『失われた者たちの谷 ハワード怪奇傑作集』(中村融編訳)
ブラム・ストーカー『七つ星の宝石』(森沢くみこ訳)
アリス&クロード・アスキュー『心霊探偵エイルマー・ヴァンス』(田村美佐子訳)
ウィリアム・ホープ・ホジスン『<グレン・キャリグ号>のボート』(野村芳夫訳)
ウィリアム・ホープ・ホジスン『異次元を覗く家』(荒俣宏訳)
ウィリアム・ホープ・ホジスン『幽霊海賊』(夏来健次訳)

 古典寄りになるらしいことは風の便りに聞いていたが、ハワードの傑作集以外は総入れ替えになっている。とはいえ、なかなかの壮観である。まるで懐かしの《ドラキュラ叢書》(国書刊行会、1976~77。詳しくはこちら)が帰ってきたかのようではないか。

 ホジスンのボーダーランド三部作がついに全訳というのも嬉しいが、何よりも驚かされたのは、このブログでも以前にご紹介した『エイルマー・ヴァンス』連作が予定に入っていることだ。ハワードもホジスンもストーカーも、ホラー文学史で確固たる評価を得ている大作家である。一方でアスキュー夫妻はこれきりしかホラーを書いていないらしく、『エイルマー・ヴァンス』もホラー史を論じた文献で触れられることなんて、まずない。まさかこんなマイナー作が邦訳される日が来ようとは。

 知名度が低いのに邦訳されるということはつまり、純粋に作品のおもしろさのみによって選ばれたということだ。いや、実際、それだけのことはある良作なんですよ、ほんと。日本の読者にどのように受け入れられるか、私は今から楽しみでしようがない。一つだけ気になるのは、仮題とはいえ原題の"Ghost-seer"を訳さずに「心霊探偵」に変更していること。以前に書いたように、内容的に直訳の「見霊者」がぴったりなのである。一般読者には耳慣れない「見霊者」より、「心霊探偵」の方が売り出しやすいんだろうけどなあ。

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