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2014/07/13

『風神の邪教』とブライアン・ラムレイのこと

 ブライアン・ラムレイは、私にとって特別なホラー作家である。あくまで「特別」であって、「好き」ではない。仮に誰かに「好きなホラー作家は?」と問われたとして、「ブライアン・ラムレイです!」と胸を張って答えるのは、なかなか勇気が要ることのように思う。とはいえ、決して嫌いではない。そもそも、ラムレイのことが嫌いなホラー・ファンなんて、いるのだろうか? では「普通」かといえば、どう考えたって普通ではない。やはり、特別なホラー作家と呼ぶしかないのである。

 私がラムレイに対し特別な思いを抱くようになったのは、もちろん彼のホラー作家としての個性が第一の要因なのだが、もう一つ、ある個人的な体験が背景にある。1991年のことだ。数日間の香港旅行を楽しんでいた私と妻は、香港島の繁華街でとある新刊書店を覗いた。どこの何という書店だったか、正確には覚えていない。確か中規模ワンフロアの総合書店で、たまたま見つけたのではなくガイドブックに載っていた店だったと思う。一通りの分野の本は置いているものの、決して品揃えは多くない、ごく普通の書店である。その棚に何と、ブライアン・ラムレイのクトゥルー長篇『The Burrowers Beneath』の初版本(DAW Books,1974)[Amazon]が、平然と並んでいたのだ!!

Burrowers


 17年も前のペーパーバックが、どうしてこんな店に? 私は我が目と正気を疑いつつも、狂喜してこの掘り出し物を購った。

 古書店めぐりを趣味にしている者ならば誰しも、思いがけないところで掘り出し物に出くわし、まるでその本が自分を待っていたかのような、あるいはその本に自分が呼ばれたかのような錯覚を抱いてしまったことが、一度や二度はあるだろう。私も何度かそういう経験があるが、これほど鮮烈な出会いはほかにない。そして、このDAW Books版『The Burrowers Beneath』こそが、私が生まれて初めて一冊まるごと通読した洋書となった。

 しかも、その内容たるや! 後に『地を穿つ魔』(創元推理文庫)[Amazon]として邦訳されたのでご存知の方も多いと思うが、新登場の邪神クトゥーニアンの眷属は、地を駆け巡って暴れ回るわ卵を産んで繁殖するわで、もうほとんど地底怪獣。人間たちは邪神に対抗するためにウィルマース財団なる組織を立ち上げ、旧神の印が入った石を吸血鬼に対する十字架のように用い、邪神を狩っていく。ラヴクラフトの陰鬱さなど微塵もない、ノリノリの冒険活劇なのである。水に弱いというバルゴンみたいな弱点のあるクトゥーニアンから逃れて海を渡ったけど、海底の地層を掘って追っかけてきましたとか(当たり前だよねえ)、絶大な効果がある一方で数が限られている旧神の印の石をどうするかという問題が起き、小さな欠片でも効くからそれを埋め込んだイミテーションを量産すればOK!だとか、つっこみどころ満載の脳天気な展開の連続に、私はクラクラとめまいを催したのだった。

 念のために強調しておくけれど、私は決してラムレイを貶そうとしているのではない。私は私なりに『The Burrowers Beneath』を大いに楽しんだのだし、この体験がその後、続けてホラーを原書で読んでいくきっかけになったのだから。

 かつて東雅夫がラムレイのことを加山雄三の若大将に引っかけて「クトゥルーのバカ大将」と書いたことがあったが(『幻想文学』第6号所収「ラヴクラフト症候群必携」)、これほどラムレイの作風を的確に言い表した言葉もないだろう。確かに、彼の脳天気すぎる作風は、バカといわれても仕方ないレベルである。でも、彼の若大将のような底抜けの無邪気さには、同じホラー・ファンとしてほほえましい共感を抱かずにはいられないのだ。ラムレイは1946年生まれだから、『地を穿つ魔』の発表当時は38歳。この年齢になってこれほどまでに子供のような純真さを持てているとは、驚嘆すべきではないか。いや、それどころかラムレイは、その後もこの天真爛漫さを保ち続けているのである――。

『地を穿つ魔』から始まる〈タイタス・クロウ・サーガ〉はその後も邦訳が続き、先だって第四弾『風神の邪教』(創元推理文庫)[Amazon]が刊行された。今回の敵側ボスキャラは風神イタカ。このイタカにウィルマース財団のメンバー数名が掠われて極寒の異星に飛ばされ、イタカに反旗を翻した彼の娘が率いる集団と、イタカ信者の軍団との抗争に巻き込まれるという、ホラーというよりは異世界冒険ファンタジーであった。

 原書の発表は1978年。スティーヴン・キングの登場によるモダンホラー・ブームがぐんぐん盛り上がったころであるが、ラムレイはそんなことはまったく意識せず、独自の作風を貫いている。風神イタカは、小型飛行機を片手でつまむ巨体でまたもや怪獣映画テイストを満喫させてくれる一方、寂しがりやの助平オヤジという、意表を突く一面も見せる。さらに、旧神の印の石がカイロとして使えることが判明するわ、主人公はイタカの娘と恋仲になってしまうわと、呆れるほどに大胆不敵な趣向が次と次と繰り出され、圧倒的な敵の軍勢を斥ける最後の秘策が――ああっ、いいの? そんな罰当たりなことして!?

 異世界での恋愛を絡めた冒険ファンタジー仕立てになっていることについて、エドガー・ライス・バロウズとの類似を指摘する声もあるようだけど、いや、これはエイブラム・メリットでしょう。バロウズが描く異世界は、トンデモであれ必ず疑似科学的な設定が細かく凝らされているのに対し、『風神の邪教』はまったくの超自然。そして何より、ヒロインが超常的な能力を持ち異世界に君臨していることが、バロウズよりも断然、「メリッテイル」とも称されたエイブラム・メリットの独特な異世界ファンタジーを思わせる。おそらく『風神の邪教』は、ラムレイのメリッテイルへの愛着を、クトゥルー神話に託して表現したものなのだろう(メリット愛好家の皆さんは、どうか石を投げないでくださいね)。

 すぐれた超自然小説とはとてもいえないのだけど、ラムレイの小説には、同じファンとしてほほえんで肯かずにはいられない、ジャンルへのピュアな愛が溢れている。そんなラムレイの作品が継続して訳され、読者に受け入れられてる状況に、日本もまだまだ捨てたもんじゃないよねと私は思うのである。

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