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2013/07/08

ラムジー・キャンベル『To Wake the Dead/The Parasite』

 大阪は日本では2番目の大都市のはずなのだが、何だかそれが疑わしいような気分になってしまうことが、往々にしてある。特に、これはどうにかならないものなのかと昔から思っているのが、洋古書を扱う店が東京はおろか京都や神戸に較べても少ないことだ。たとえば未訳のホラーの原書なんて、店頭で探そうと思ってもまず当てがない。最近は、大きめのブックオフならペーパーバックを置くところも出てきているようだが、ブックオフは新しめの本しか扱わないので、私が欲しくなるような本は期待できそうにない。

 それだけに、たまたま出物に遭遇したときの喜びはひとしおである。今から20年ほど前、吹田の天牛書店本店の店頭に、おそらくは誰かコレクターが処分したのだろうかSF/ホラー系のペーパーバックが継続的に並んだことがあった。現在のようにネット通販で気軽に洋古書が買える時代ではなかったので、なんといえばいいのかもう、狂喜乱舞した。しかも、いちばん最初に目に飛び込んだのが、以前から気になっていたラムジー・キャンベルの長篇『To Wake the Dead』(1980)だったのである。

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『To Wake the Dead』は、別名義のノベライゼーションを除けばキャンベルの第三長篇にあたる。ただし、第二長篇の『The Face That Must Die』(1979)[Amazon][kindle]はサイコ・スリラーだったので、超自然小説としては邦訳のある『母親を喰った人形』(1976)に続く二作目の長篇ということになる。題名を日本語に訳すなら、『死者を起こす』となろうか(ディクスン・カーに同題の長篇がある)。この長篇はアメリカで出版されるにあたり結末が変更された別バージョンがあって、そちらは『The Parasite』という題になっている。こちらは『寄生者』と訳すべきだろうか。

 私がこの本のことを知ったのは、自由国民社の『世界のSF文学総解説』によってであった。といっても、本文ページで詳しく紹介されていたわけではない。付録的に巻頭のカラーページでいろいろなSF系原書の書影と短いコメントが載っていて、その中にアメリカ版の『The Parasite』のペーパーバック(1980,Pocket Books)[Amazon]が含まれていたのである。私が天牛書店で手に入れたのは、あこがれの『The Parasite』ではなくて、『To Wake the Dead』のペーパーバック(1980,Fontana)[Amazon]だった。それでも、信じられないという驚きと喜びで、文字通り身体が震えたのを覚えている。

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 さて実際に読んでみた『To Wake the Dead』は――まずなかなかの難物であった。当時の私は、英語の小説をまだあまり読み付けていなかったので、モダンホラー作家としては例外的なまでに文体に凝るキャンベルの長篇を読み進めるのは、相当に骨だったのである。見慣れない単語や入り組んだ構文に惑わされ「はて、何が起きているのか?」と首をひねり頭を抱えされることが、数知れずあった。

とはいえ、同時に苦労しがいのある作品でもあった。この長篇はスティーヴン・キングが『死の舞踏』の中で好意的に取り上げており、一部が引用掲載されているのを読まれた方もあるだろう。キングが「LSDのトリップが始まりかけているかのような気分になる」などと評し、キャンベルの独特な文体の例として引いてるあの幻惑的な場面は、実は百貨店で禿頭の男に追われているのに気づいたというだけであって、何ら超自然的な怪異は起きていない。キャンベルの作品では、ごく普通の叙景と登場人物の心象風景との境があいまいにされており、その結果、現実と幻想を隔てる垣根が低くなっている。そこをひょいと乗り越えて、恐ろしい何かが姿を現してくる。この独特の恐怖感が、たまらないのである。すでに邦訳のあった処女長篇『母親を喰った人形』や「パイン・デューンズの顔」等の短篇も好きだったけれど、私にとってキャンベルが特にお気に入りの作家になったのは、この『To Wake the Dead』によってであった。

 ずっと後に、Pocket Books版の『The Parasite』も手に入れることができた。だが、そのころはちょうど『SFオンライン』でホラー書評を毎月書かせていただいた時期で、国内の新刊を消化するに追われていたため、時間を要するキャンベルの原書を読む余裕はまったくなかった。今回、巻末付録として『To Wake the Dead』のエンディングとキャンベル自身によるあとがきを収録した、Headline Book版の『The Parasite』(1993)[Amazon]を入手したのをきっかけに、ようやく『The Parasite』を読了することができたので、『To Wake the Dead』との違いも含めて内容をご紹介しよう。

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大西洋の東と西とで異なるタイトルを持つことになったこの長篇は、執筆時には『The Haunting of Rosabill』と名付けられていた。主人公ローズは、リヴァプールの大学で映画研究に関する講師として勤務している女性である。彼女は同業の夫とともに何冊か共著も出し、着実にキャリアを積み上げていく充実した日々を送っていた。だが、ローズには秘められた暗い過去があった。まだ10歳の少女だったころ、ローズは年嵩の友人たちとともに、地元では悪評の高い幽霊屋敷を探検したことがあった。何かが蠢く気配に肝を冷やした友人たちは、ローズを置き去りにして屋敷を飛び出してしまい、彼女は後から大人たちに助け出された。その間の記憶が、ローズにはまったくなかったのである。

 あるときローズは、不審な禿頭の男に後を付けられていることに気づき(『死の舞踏』に引用された、例の場面である)、出版の打合せのために訪れていたニュー・ヨークで、何者かにいきなり殴打されて失神する事件に遭う。その事件はローズの内部で何かを覚醒させ、彼女は幽体離脱体験を繰り返した果てに、自らの意思で身体を抜け出す能力を獲得するに至る。だが、オカルトを毛嫌いするビルはローズの体験を一切認めようとせず、二人の仲は次第に冷えて行ってしまう。ローズは自らの体験と能力の意味を探ろうとして独りオカルトの世界にのめり込んでいき、衰えた肉体を捨て他者の肉体を乗っ取っていくことによって不死を得た、邪悪な魔術師がかつて存在していたらしいことを知る。そして、彼女の身辺に迫っていた不穏な影の背後には、その魔術師の力を信奉している集団がいた。ヒトラー復活の陰謀や星辰界に棲まう超越的な存在の介入まで絡めて、物語はとめどなくエスカレートしていき、ローズは想像だにしなかった異常きわまりない世界での孤立無援の戦いを強いられていく――。

『To Wake the Dead/The Parasite』は一言でいうと、黒魔術の生け贄となる女性の受難を描くホラー小説の系譜に属する。その系譜は遠くパルプ・マガジンの諸作やデニス・ホイートリーのオカルトスリラー群にまで遡るものであり、モダンホラーにおいてはアイラ・レヴィンの『ローズマリーの赤ちゃん』(1967)の大当たりによって1960年代末から70年代にかけて多くの追従作を生むに至ったのであるが、あいにくほとんどが邦訳されておらず、日本にはその活況がいまだに伝わっていない。この長篇は以上のような、スティーヴン・キングの登場以前(『キャリー』の出版が1974年)のモダンホラーの潮流を強く意識した作品であることを、まず強調しておきたい。

 現在は、モダンホラーというと「スティーヴン・キングとその他」というのが一般読者の認識だろうが、本ブログをご覧の皆さんならご存じのとおり、キングはモダンホラーの始祖ではない。すでにある程度の広がりを見せていたモダンホラーを、さらに一回り大きいジャンルに発展させた作家というのが正しい。ラムジー・キャンベルは、一般読者層の支持を得るのはキングに遅れたものの、ホラー作家としてのデビューはキングよりもはるかに早い。そして、ゴシック小説以来のホラー小説の歴史を常に意識して作品を書き続けている作家でもある。

 キャンベルの後書きによれば、この長篇を執筆した最大のきっかけは、処女長篇『母親を喰った人形』(1976)の商業的な失敗にあったという。キャンベルは当時すでに専業作家だったが、生活費の多くを妻のジェニー(SF作家A・バートラム・チャンドラーの娘)の稼ぎに頼っている状況にあった。アメリカでの出版エージェントであったカービー・マッコーリーはキャンベルに、「もっと読者が共感できるキャラクターを描いてみてはどうか」とアドバイスした。

 『母親を喰った人形』の登場人物たちは、揃いも揃ってコンプレックスが強く内省的な人ばかりであった。そこから生まれる歪んだ視点と不安定な語りが独特の味わいを生んではいるのだが、読者が共感するにはハードルが高いのも、また事実である。商業性を求めるならば、マッコーリーのアドバイスは的を射ていたというべきだろう。マッコーリーは、その当時好評を得ていたホラー小説のサンプルとして、ウィリアム・ピーター・ブラッディの『エクソシスト』と フランク・デ・フェリータの『オードリー・ローズ』、ジョン・ソールの処女長篇『Suffer the Children』をキャンベルに送ってくれた。キャンベルはこれらを熟読し、「大衆は、中流階級の登場人物が、自分には何ら責任のない危機によって追いつめられる物語を好んで読むのだ」という結論に達した。そうした商業的な需要に応えることを最優先しつつ、ホラー・ジャンルではすでに類型化しているような素材を盛りだくさんに取り入れて書き上げられたのが、『To Wake the Dead』だったのである。

 狙い通りに本書は商業的な成功を獲得し、キャンベルは英国のモダンホラーを代表する作家の一人となった。だが、根っから職人気質で自作をかなりきびしく評価する傾向のあるキャンベルは、「私の長篇の中ではもっとも気に入らないもの」とこの作品を切り捨てている(後書きに平然とそう書いているのである!)。確かに、ヒロインの穏やかな日常が揺らいでいく不安を丹念に追っているメインプロットに比して、ヒトラー復活の陰謀やら超越的存在の唐突な介入といった派手な趣向は、むりやり詰め込んだような違和感もある。受け狙いのサービス精神はそこそこに抑えて、もっと焦点を絞り込むべきだったのだろう。

 しかしながら、超自然現象に遭遇してまったために戸惑い、震える人間の心をこれほどまでに生々しく描き出している小説は、ホラー史上希有なのではあるまいか。思いがけず精神が肉体を飛び出してしまった驚愕と、意思の力でそれを統御し自在に宙を舞う瞬間のすばらしい解放の喜び。深い絆で結ばれている信じていた夫にも体験を理解してもらえず、孤立していく焦燥感。独り異常な世界の深みにどんどんはまっていき、自らの正気を疑いまでする強烈な不安。そして、自分の人生が邪悪で強大な力による企みに支配されていたことが判明する、出口のない絶望――再読で先の展開があらかじめ判っているにもかかわらず、私は過酷な運命に立ちすくむ主人公ローズの心の動きに深く共鳴してしまい、胸を塞がれ読み続けられなくなる瞬間が、何度もあった。ラヴクラフトが『文学における超自然的恐怖』で提示した「怪奇小説は、作者の意図や単なるプロットの組み立てなどで評価されるべきではない。もっとも日常を離れ得た瞬間の、情動の高さによって評価されるべきなのである」という基準に照らすらならば、露骨に商業的な意図で書かれていようが、発表当時すでに陳腐化しつつあった類型に依拠していようが、本書にはホラー小説として傑出したところがあるのは間違いない。

 本書で培われた共感しやすいキャラクター造形と日常描写のテクニックは、この後、キャンベルの独特な怪異描写に説得力を増す武器として活用されていくことになる。そして、登場人物の内的な恐怖を追うスタイルと、恐怖の根源が外的な力にある違和感という本書の弱点は、夢と現実が混淆する恐怖を題材にした『Incarnate』(1983)[Amazon]や、「猿の手」テーマをより洗練された超自然小説に仕立ようとした『Obsession』[Amazon][kindle]といった諸作によって、完全に克服されていく。たとえ著者のきびしい批評眼に適わなくとも、ホラー小説やラムジー・キャンベルのキャリアに格別の関心を持つ読者なら、本書は今なお一読の価値があると、私は確信している。

『To Wake the Dead』と『The Parasite』は何度か再刊されているものの現在はどちらも絶版であり、新刊では入手できない。キャンベルは米国版の『The Parasite』を出すに当たって、主人公ローズが誰にも知られないまま世界を救い自分を救済するために、ある過酷な決断を下すという内容にエンディングを改訂しており、彼女の孤独な戦いの決着としては、そちらの方がよりふさわしいと私も思う。したがって、もしも読まれるのであれば『The Parasite』の方をお勧めする。1993年のHeadline Book版『The Parasite』は、先述のとおり『To Wake the Dead』のエンディングと新規書き下ろしの著者あとがきが付されており、決定版といえるものである。

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コメント

キャンベルは日本では本当に紹介に恵まれませんでしたね。モダンホラーの時期に、この作品とか、もう一作ぐらい長編が訳されてもおかしくなかったのに。今はもう翻訳は望めないでしょうけど。

投稿: 石堂藍 | 2013/07/08 08:30

最近のクトゥルー特需に乗ってではありますが、尾之上浩司さんたちが初期短篇を積極的に邦訳し始めてくれているので、ひょっとしてひょっとしたら……という可能性はゼロではないですよ。クトゥルー・ファンの皆さんが、どこまで興味の範囲を広げていってくれるか次第ですね。私としては、こうしてささやかながら自分のできることをやっていくまでです。

投稿: 中島晶也 | 2013/07/08 20:53

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