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2010/05/31

2010年5月の読了書から

加門七海、木原浩勝、東 雅夫、平山夢明、福澤徹三 編『怪談実話コンテスト傑作選 黒四』(MF文庫ダ・ヴィンチ)[Amazon]
東雅夫編『厠の怪 便所怪談競作集』(MF文庫ダ・ヴィンチ) [Amazon]

 以上2冊、メディアファクトリー編集部からご恵贈いただきました。ありがとうございました。

『黒四』は、裏の取れる実体験談にもとづく怪談実話作品のみを対象とした第1回『幽』怪談実話コンテストの入選作8篇と、それぞれの作者が新たに書き下ろした8篇を収録したもの。同じ怪談でも純然たる小説を志向する作品と実話物とを比較して優劣を判定するのは難しい場合もあり、怪談文学賞とは別に実話のコンテストを設けたのは正解だと思う。
 とはいえ、大賞を受賞した三輪チサ「黒四」は、そのような実話と小説の違いなどまったく意識させない作品であった。黒部第四ダムの建設工事にまつわる話で、臨場感溢れる土臭い筆致が高度経済成長の陰にわだかまる闇を浮かび上がらせ、間然するところがない。書き下ろしの「あなたのうしろにへびがいる」ともども、霊と人がともに在る世界観をまざまざと体感させる筆力に感嘆させられた。
 また、実話として読むとどうなのだろう? と思うものもあった。宍戸レイ「壁」は、地下にあるバーの床板を剥いだら沼だったという締めの場面が、いったいどういう状況なのか判らない。地下室のあるような建物なら、地階はコンクリートの基礎で囲われているはずで、床板の下がいきなり土壌ということはない。作者の直接の体験ではなく伝聞に依っているようなので、何か勘違いがあるのではないか。谷一生「井戸のなか」は、井戸に落ちて気絶したまま顔を上にして水に浮かぶものなのかどうか、ちょっと不思議に感じた。ランドセルの浮力のおかげならば、意識して泳がないことにはうつ伏せに背中が浮いてしまい、顔は水中に没しそうに思うのである。両作とも、そういう不可解なところも含めて怪談として楽しむべきなのかもしれないが。

『厠の怪』は書名のとおり便所にまつわる怪談集で、全9篇収録。ただ、便所そのものの寂漠とした怖さを主題とするのは難しかったようで、怪異の起きた場所がたまたま便所であるというにとどまるようなものもある。実話を集めた松谷みよ子「学校の便所の怪談」を除けば、少年の性に対する関心の後ろめたさをうまく絡めた福澤徹三「盆の厠」が、便所ならではの侘びしく心細い雰囲気にもっともよく迫り得ているように思った。
 便所怪談のもう一つの柱というべきスカトロ趣味では、平山夢明「きちがい便所」と飴村行「糜爛性の楽園」が凄絶を極めている。狂気度の高さではやはり平山が一枚上手であるが、飴村も長篇作品の大きな難点であった構成力の弱さが今作では目立たず、すんなり楽しめた。しかし、飴村の長篇に魅力を感じる読者だと、逆にもっとはじけて欲しいと感じるのかも知れない。

折原一『赤い森』(祥伝社)[Amazon]
 祥伝社編集部からご恵贈いただきました。ありがとうございました。
 富士樹海の奥にかつて一家惨殺事件が起きた山荘があり、その真相を追おうとした者たちが、次々と惨劇に見舞われるというスリラー仕立てのミステリ長篇。著者は叙述トリックを得意にしているとのことで、視点が目まぐるしく入れ替わる上に、過去と現在、現実と虚構が交錯して読者の目眩を誘う。登場人物たちが「こんなことで人を殺すはずがなかろう」と思わせるかんたんな動機でほいほい殺し合ったり、極端にゲーム性を押し出した作りになっている。そのため恐怖小説として楽しむのは難しく、怖いというより感心させられてしまった。

『快傑自来也』(講談名作文庫)
 昭和51年刊の古本。講談社が昭和29年に出していた「講談全集」の再刊だそうで、おそらくは講談の速記から再編したものなのだろうが、誰の口演を基礎にしているのかは書かれていない。
 自来也/児雷也の物語には、読本の『報仇奇談自来也説話』系、合巻の『児雷也豪傑譚』系の2つがあるらしい。大蛇丸や綱手姫が出てきて三すくみになるのは、後者の系統である。本書は一応前者の系統なのだが、なんと自来也の種本の一つである天竺徳兵衛その人が出てきて、自来也と二人して天草四郎の元に馳せ参じ島原の乱に参加するというクライマックスに改変されている。動機が復讐とか私利私欲ではなくキリスト教による世直しなので、なんだかスケールダウンしているように感じられた。ガマの出現場面で「ゴジラだーっ!」と言わせたりする妙なアップトゥデートとかもあったり、いろいろと興ざめ。珍書というべきであるが、弱ったことに現在、講談種の自来也でいちばん手に入りやすいのはこの本なのである。

『別冊映画秘宝 衝撃!超常現象映画の世界』(洋泉社)[Amazon]
 超常現象を扱った映画に関するムック本。一応は『第9地区』と『恐怖』の公開にちなんでいるらしい。『第9地区』は宇宙人映画とはいえ、オカルトっぽいところはぜんぜんないSFなのに。各記事は書き手によって水準がまちまちで、玉石混淆。個人的には、自分が苦手なために『日本幻想作家事典』の原稿で取り上げられなかった心霊ビデオの世界が大きく扱われているのがありがたかった。また、山崎圭司というライターの記事は、どれもよく調べて書かれていておもしろい。いちばんひどかったのは……まあ言わぬが花としておきましょう。

江口晋『海防艦第二〇五号海戦記―知られざる船団護衛の死闘 (光人社NF文庫)[Amazon]
「海防艦」とは、船団護衛や沿岸警備のために造られた、排水量が1000トンにも満たない小型の艦艇のことである。駆逐艦とは違って鈍足で、魚雷発射管はなく、主に航空機と潜水艦を退けるための小さな火砲と機銃、爆雷のみを装備している。日本の海上輸送を絶とうとする連合軍に対抗するために、戦時中には約170隻が急造された。その多くは艦名すら与えられず番号で呼ばれ、実に70隻が海に没する激戦を繰り広げた。太平洋戦争とは、そもそも南方の資源確保を巡る戦いであった。にもかかわらず、日本人の関心は艦隊戦を担当していた連合艦隊に不自然なまでに偏重しているため、海防艦については今なおほとんど一般には知られていない。
 本書は、敗色の濃くなった昭和19年末に海防艦に乗り組み、無事生還した水兵の回想録である。壊滅しつつある日本海軍に対し敵の兵力は圧倒的で、「海戦記」とはいうものの勇ましいエピソードはほとんどない。そもそも護衛が任務なのだから何もないのが一番、執拗な敵の猛攻を避け生きのびるための悲壮な戦いばかりである。過酷な戦いを繰り返すうちに、特殊潜航艇の乗員として華々しく特攻することを望み海軍を志願したはずの著者が次第に生への執着を取り戻していく心の動きが、たいへん興味深かった。

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