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2010/03/15

『忍者ルネッサンス!』

忍者ルネッサンス!
倉阪鬼一郎『忍者ルネッサンス!』(出版芸術社)[Amazon]

 郷里の伊賀上野へ都落ちしたマイナー作家が、郷土愛が高じて常軌を逸している地元有力者とアマチュア史家の町興し活動に巻き込まれる。伊賀上野といえば忍者の里というわけで忍者小説を執筆準備し始めたところへ、作家の先祖である下忍がひょんなことから現世へ復活。町興しは忍者集団による伊賀国独立運動という、狂気の沙汰にエスカレートしていく。

 広いようで狭く、狭いようで広い、倉阪鬼一郎ならではの目まいが堪能できるユーモア・ファンタジー。郷土愛というありふれた題材も、倉阪の手に掛かるとたちまち面妖な輝きを放ち始める。味噌田楽も東京の上野もスパイという言葉も「すべての起源は伊賀にあり」という妄説の数々や、首都東京に対する反発のみならず、同じ伊賀に属しながら大阪のベッドタウンとして栄える名張を「いっぺんゆわしたらなあかん」と息巻く生々しいルサンチマン等々、著者自身の郷里に焦点を当てたあまりにも濃すぎるネタの数々は、笑いを通り越して読者を驚愕させることだろう。

 だが、こうした滑稽なメンタリティはどこの地方も多かれ少なかれ持ち合わせているものであって、たとえば私の住む大阪でも、阪神ファンというよりもアンチ巨人だなんて人々は珍しくないし、どうかすると「真田十勇士がもうちょっとがんばって家康の寝首を掻いておれば」なんて話が口に上ったりする。いや東京だって、オリンピック開催地の選考結果について不満を抱いた都知事が、まるで背後に陰謀があるかのような愚痴をこぼして大恥をかいていたではないか。さらに視野を広げれば、世間にはちょっと愛国心が強すぎるのではないかと思わせる人々もいるし、逆に狭めて見れば、自らの属する組織や家柄にやたらとこだわる人々だっている。

 そう、われわれは誰もが多かれ少なかれ田舎者なのである。しかし、その滑稽さに気づき、気負いもせず卑下もせず笑って愛することができれば、ずいぶんと世の中は気楽なものになるのではないか。この狭い狭い世界を扱った小説は、そういう広いことを考えさせる力も持っている。おそらくこれは、倉阪の代表作の一つに数えられるようになるのではないかと思う。

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