« 2010年1月の読了書から | トップページ | 『見霊者エイルマー・ヴァンス』 »

2010/02/06

『シェラ・デ・コブレの幽霊』

 神戸市長田区の神戸映画資料館で、ホラー映画向上委員会MebiusRing主催の『シェラ・デ・コブレの幽霊』上映会に参加した。

 このブログの読者には今さら説明の必要もないかも知れないが、『シェラ・デ・コブレの幽霊』とは、アンソロジー形式SFテレビドラマの草分けとして名高い『アウター・リミッツ』第1シーズンのプロデュースやヒッチコックの『サイコ』の脚本で知られるジョセフ・ステファノが、ホラー物のテレビシリーズ『The Haunted』のパイロット・フィルムとして1965年に自らの監督・脚本により製作したものである。ところが、仕上がりがあまりにも恐ろしすぎて放映もシリーズ化も見送られてしまったといわれ、わずかに日本とイギリス・カナダ・オーストラリアなどでテレビ放映された後はフィルムの所在も不明となり、幻のホラー・ドラマとして噂のみが語り継がれてきた。

 そのフィルムの一本が海外のネットオークションに出品されているのを、SF映画評論家の添野知生氏がたまたま発見して首尾よく入手され、朝日放送のバラエティ番組『探偵! ナイトスクープ』でその存在が広く報じられたことにより、今回の上映会に繋がった。ステファノは2006年に死去しており、このドラマの権利関係がどうなっているのかは現在不明で、今のところは今回のような非営利上映会しか公開手段がないという。貴重極まりないフィルムを一人でも多くの人々に見せたいと願い、実行された添野氏とホラー映画向上委員会MebiusRing諸氏のご熱意とご厚意には、いくら感謝してもし足りない。

 今回上映されたフィルムは英語の原版であり、字幕もない。私は英語のヒアリングがさっぱりダメなので物語が解るか不安だったのだが、入場時に配布された添野氏による解説・あらすじのおかげで、おおよそは把握できた。『The Haunted』は、マーチン・ランドー扮する建築家/心霊研究家のネルソン・オライオンが、さまざまな怪奇現象に立ち向かっていくというフォーマットのドラマだったらしい。オライオンは淋しい海岸に佇む奇抜な形の一軒家(どことなく『ウルトラマン』の科学特捜隊ビルに似ている)に住んでいて、その広間の壁には彼が今まで係わった怪事件に関する絵が並べられている。オライオンは、1年前に死んだ母の亡霊からと思しきすすり泣きの電話に毎夜悩まされているという資産家からの相談を受けるが、実はそれが広間の壁の絵の一枚──かつてオライオンが解決できなかったメキシコのシェラ・デ・コブレ村の幽霊騒動──に関係していることが明らかになっていく。

 恐らくステファノの念頭には、2年前に公開されたロバート・ワイズによる幽霊映画の傑作『たたり』をいかに越えるかという目標があったのではないだろうか。このドラマも『たたり』と同様に強烈な音響が怪異の前触れとなるのであるが、『たたり』のトレードマークとなった感もある大音響のラップ音のみならず、耳を覆いたくなるような気味の悪いむせび泣きと、キューキューヒュルヒュルいう何だか判らない金属風の怪音が付け加えられていて、すさまじい効果を挙げている。金属風の怪音については、『サイコ』のシャワー・シーンに付されたバーナード・ハーマンによる効果音に近いような音楽も連想されるが、それよりもいわゆる金縛り(睡眠麻痺)の前兆としてしばしば証言されている音(ここここを参照)との類似性を指摘しておきたい。実は私自身も金縛りにしばしば遭う体質なのだが、音そのものは私が聞くものとは異なっているものの、音が迫ってくる過程と聞く者を痺れさせるような圧倒的な効果、去った後の静寂と夢から覚めたかのような感覚は、金縛りとたいへん似ていると感じた。金縛りはあくまで生理的な現象であって、私自身も心霊現象だと思ったことは一度もないのであるが、多くの怪異談の源泉になってきたことは間違いない事実である。ステファノはこの音響効果を作成するにあたって、そういう体験談を参考にしたのではないだろうか。

 また、幽霊そのものも『たたり』のように特定の人間のみに効果を及ぼす幻覚のようなものではなく、グロテスクな姿を堂々と万人に晒して嵐のような念動力で生者を物理的に打ちのめすという、よりパワフルなものであった。こうしたモンスター的な幽霊の描写は現在でこそ映画のみならず漫画、ゲームなどでごく当たり前に見られるが、当時の映画やドラマではかなり珍しかったはずだと思う。ステファノはこのフィルムの製作にあたって、『アウター・リミッツ』のスタッフを呼び寄せたという。確かに正体不明の強烈なエネルギーが空中に凝り固まっていくように発現する不吉な緊張感は『アウター・リミッツ』第4話「人間電池」を想わせるし、ネガポジ反転映像で全身が発光する幽霊は第1話「宇宙人現る」の応用と、このドラマの怪異表現には『アウター・リミッツ』で得られた成果がはっきり見て取れる。一言で要約するなら、『シェラ・デ・コブレの幽霊』とは、幽霊物にSFモンスター物の味をプラスしてパワーアップしようとした試みであったといえるかもしれない。

 このように興味深い作品が埋もれたままでいるのは、なんとも惜しい話である。添野氏はDVD化に向けて権利関係の調査を続行中とのことなので、吉報を待ちたい。また、今回発見されたフィルムはモノクロの50分版であるが、カラーの長尺版があるという情報や、日本放映版とはモノクロだったが一部内容が違っていたという証言が寄せられているそうで、そうしたバージョン違いについての真相の究明や、製作背景の解明も期待したいところである。特にカラー版が存在した場合には、今回のモノクロ版とはがらりと印象が変わってしまう可能性もある。たとえば、製作時期からいって、サイケデリックな色彩効果が用いられていたとしたらどうだろう? 極彩色に発光し、悲鳴を上げながら襲いかかってくる幽霊──見てみたいと思いませんか?

|

« 2010年1月の読了書から | トップページ | 『見霊者エイルマー・ヴァンス』 »

コメント

添野です。すばらしいレビューをありがとうございます!
まさに何から何まで同意です。一度見ただけでこれほど的確かつ丁寧に読み解いていただけるとは。脱帽しました。
ロバート・ワイズの『たたり』に対する、ヒッチコック人脈を総動員しての挑戦だったと考えるとおもしろいですよね。
カラーだとしたら、ファーストカットの墓場からのオーバーラップなどがどれほど美しかったことか。想像しただけわくわくします。

投稿: 添野知生 | 2010/02/14 21:21

こちらこそ、ありがとうございます。
いやもう、「だろうか」「かもしれない」ばかりのレビューで、お恥ずかしい限りです。やはり、事実関係の調査が進展しませんと……。
心から期待してお待ちしております。

投稿: 中島晶也 | 2010/02/14 23:42

今まで断片的な情報しか持ち合わせていなかった者にとっては、こうしてまとめていただいた内容は実に貴重です。観ていない者にも新鮮な驚きがありました。

フォーマット的なものがあったことや、シェラ・デ・コブレってなんだろうと思ったらメキシコの村だったとか、特徴的な音響効果があったこと等々。

>>正体不明の強烈なエネルギーが空中に凝り固まっていくように発現する
この表現だけでかなり恐ろしいです。でも何故か脳裏に浮かんだのはTVで一度だけ見た『ダンウィッチの怪』と『ウルトラQ』の「2020年の挑戦」でした(笑)。

投稿: 悲張正太郎 | 2010/02/15 00:05

悲張正太郎 様

私は英語のヒアリングがほんとダメなので、物語そのもののディテールをご紹介できないのが申し訳ないです。ネットのところどころに感想が上がってきているようですから、どこかに英語に堪能な方が書かれているかもしれません。検索してみてください。

『ダンウィッチの怪』は怪異表現に限れば少しだけ似ているかも。でも、あそこまでB級感覚丸出しではなくもっとリアルな雰囲気で、恐怖度もずっと上です。

あの映画もわりとおサイケでしたが、ひょっとして『シェラ・デ・コブレの幽霊』のカラー版がそんなだったら……と思うのです。時代的にはあり得ない話ではありませんので、あくまで可能性の話として。

投稿: 中島晶也 | 2010/02/15 01:11

こんにちは。

「シエラ・デ・コブレの幽霊」を探し求めてこのブログにたどり着きました・・・。
その存在を知ったのはほんの5年ほど前なのですが、興味を持って検索してみると幻のフィルムとして視聴する手段がないとわかり、落胆しつつもDVD化の希望に期待しています。
色々なホラー体験があるために、ホラー映画を怖いと思ったことはなくこのシエラ・・の怖さを堪能したい思いで一杯です!

この先、上映会があるようでしたら是非ぜひお知らせ頂きたいと思っております!


追伸: スチール写真の水死体のような幽霊画像、昔懐かしの「恐怖新聞」に出て来た水死体に似てませんか? つのださんもシエラをご覧になったんでしょうか・・?

投稿: みすまる | 2011/10/07 12:48

みすまる様

 私はこの映画のDVDソフト化に係わっているわけではありませんので、詳しい現状までは知らないのですけど、まだ望みが絶たれたわけではないらしいです。フィルム所有者の添野さんは、できるだけ多くの人にこの映画を見てもらいたいとお考えですので、いつかまたどこかで上映される機会もあるかも知れませんね。どちらも期待して待ちましょう。

 つのだじろうは、年齢的にこの映画のテレビ放映を見ている可能性もあるでしょう。ですが、あいにく私はその「恐怖新聞」の水死体がどんな絵だったかまったく覚えておりませんので、影響の有る無しは何とも申せません。

投稿: 中島晶也 | 2011/10/10 09:31

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73976/47564300

この記事へのトラックバック一覧です: 『シェラ・デ・コブレの幽霊』:

« 2010年1月の読了書から | トップページ | 『見霊者エイルマー・ヴァンス』 »