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2010年1月の記事

2010/01/31

2010年1月の読了書から

倉阪鬼一郎『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』(講談社ノベルス)[Amazon]
 三崎に建てられた壮麗な二つの洋館「黒鳥館」「白鳥館」には、恐ろしい復讐の罠が仕掛けられていた。招待状を受け取り訪れた人々が、一人また一人と密室で殺されていく、という話かと思いきや……。
 年末から読み始めて、元旦の朝に読み終わった。いやもう、まさかそんなことだとは、ぜんぜん見破れませんでしたよ。この上ない奇想天外の極みで、初夢初笑いをどっぷり堪能いたしました。富士山も出てきたし、まことに縁起よし。すべてのトリックがすっきり(?)解明されるものの、そもそもどうしてここまで複雑な仕掛けを施さねばならなかったのかという最大の謎が怪しい余韻を残す。でも、もしもこんな殺され方されたら、いろんな意味ですっっごく嫌なのは間違いない。

Sydney Horler"The Vampire"(Bookfinger)
 現在はほぼ忘れ去られているが、デニス・ホイートリーとほぼ同時期に活動し、作風からライバル的な位置にあったのではないかと思われる英国の大衆作家が1935年に発表した怪奇長篇である。この本は初版ではなく1974年に復刊されたもの。
 東欧の架空の国の在英大使館に住まう貴族が実は吸血鬼で、社交界の婦女を毒牙に掛けていく。異常に感づいた青年神経内科医が、吸血鬼を追って渡英してきた恩師の老オーストリア人医師とともにこれに立ち向かい、吸血鬼の虜になっている恋人を救い出そうとする。女性を精神的に支配する能力を持ち主人公の恋人に結婚を強要する吸血鬼は、「トリルビー」のスヴェンガリに代表される色魔の催眠術師像の影響が濃厚であるが、その一方で霧に変じて建物に侵入したり、デビルマンのように背中から蝙蝠の翼を出して宙に舞い上がったりと、当時の映画にも無いような派手な超能力を奮う場面もあった。この作家・作品についてはいずれ改めてこのブログで取りあげるつもりなので、詳しくはまた後日に。

シーベリー・クイン『悪魔の花嫁』(創元推理文庫)[Amazon]
 オカルト探偵グランダン・シリーズ唯一の長篇で、『ウィアード・テイルズ』誌に分載されたもの。婚礼の席で、花嫁が忽然と消えてしまう怪事が起きる。実は娘の家系は中東のある邪教の神官の血を引いており、教団は彼女を儀式の生贄とするべく攫ったのだった。グランダンと友人の医師トロウブリッジは花嫁を救い出すために、世界を股に掛けた教団の陰謀に立ち向かう。
もともとグランダン・シリーズは超常現象も未知の自然現象としてロジカルに解明しようとする傾向が強いのであるが、この長篇では超自然的な要素はほぼ皆無で、怪奇小説というよりフー・マンチュー型のオカルト風味のスリラーになっている。怪しげな蘊蓄の数々と鮮烈な猟奇趣味に彩られ、起伏に富んだストーリーは興趣満点。特に、掲載紙がパルプ・マガジンだけあって、この時代の長篇怪奇小説としては意外なほど残虐な描写が激しく、しかも女性や子供が犠牲になるので苦手な方はご注意を。また、訳者大瀧啓裕による巻末の解説は詳細を極めたもので、たいへん参考になる。

小倉多加志編・訳『ポケット 英語で怪奇小説を読もう』(南雲堂)[Amazon]
 1982年に出版された英語学習教材用の怪奇短篇集。かなり珍しい本だと思うが、ネット通販で手頃な値段で入手できた。原文と訳文が段落単位で併載されていて、収録作は下記のとおり。

(1) W・H・ホジスン「闇の中の声」(William Hope Hodgson,"The Voice in the Night")
(2) ロイ・ヴィッカーズ「八番目のスイッチ」(Roy Vicards,"The Eighth Lamp")
(3) ジョイス・マーシュ「樹」(Joyce Marsh,"The Tree")

 この本のために訳したのは(1)のみで、(2)(3)は「ミステリ・マガジン」からの再録のようである。(1)を除くと知る人ぞ知るという感じの、マニアックなセレクション。男女の三角関係から怪異が生まれる(2)はちょっと艶っぽい話で、「ジョージから亭主のことを聞くと、あたし、頭がおかしくなっちゃったもんで、ついジョージに着物を脱がさせちまったんですよ」なんてくだりがあるし、原文の労働者階層のくだけた口調は辞書で調べきれるものではなく、あまり英語教材には適していないような?


スティーヴン・J・ザロガ『パンターvsシャーマン バルジの戦い1944 (オスプレイ“対決”シリーズ) 』(大日本絵画)[Amazon]
  昨年11月に読んだ『パンターvsT-34―ウクライナ1943 オスプレイ“対決”シリーズ』の姉妹編的な本で、西部戦線における独・米の主力戦車を比較している。またもやパンターは評価が低く、単騎での戦闘能力は高くても生産性と信頼性の低さゆえに必要な時に必要な場所へ必要な量の打撃力を提供するという、近代兵器に必須な基本的要求を満たせていない欠陥兵器扱いされている。逆に単騎での戦闘能力は平凡だが上記のような近代兵器に求められる資質に富んでいたのが、米軍のシャーマン戦車とソ連軍のT-34であった。
 1944年後半には、そこへさらに独軍の人的資源の大幅な損耗による練度のひどい低下が加わり、パンターとシャーマンの戦闘能力の差は、戦闘の趨勢にそれほど大きな影響を与えることがなかったと本書は主張している。パンター1両を倒すのにはシャーマン5両が必要であったという通説はまったくの幻想であったことを豊富なデータを基に詳細に実証してみせており、実に興味深い。

『装甲列車 (オスプレイ・ミリタリー・シリーズ 世界の戦車イラストレイテッド) 』(大日本絵画)[Amazon]
 装甲列車とは、その名のとおり装甲を施した列車に機銃や大砲を搭載した兵器のこと。道路網が未整備で鉄道が主要な輸送・交通手段であった時代に、鉄道の警備はもちろん野戦用の移動火点として広く用いられた。全盛期には戦争の趨勢を左右するほどの役割を果たしたというが、モータリゼーションが進行し、より汎用性の高い装甲機動兵器である戦車が出現したために姿を消してしまった。
 この本は、装甲列車の誕生から各国での発展、衰退を概説しており、恐らく邦文の書籍では他に類を見ないものではないだろうか。扱う範囲が広大なために運用を論じるので精一杯になっており、各装甲列車の兵器としてのメカニズムの解説が少ないのはやや残念。

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2010/01/04

怪獣漬けの正月休み

 今年の正月休みは、例年になくたくさんの怪獣映画を見た。まず、近所のツタヤがレンタル半額だったので年末に借りてきた『プテロドン 零式戦闘機 vs 翼竜軍団』『ドラゴンストーム』『U.M.A. 2002 レイク・モンスター』の3本があって、これは返却日が決まっているのでとっとと消化せねばならなかったのである。そこへAmazonに予約していた『ジュラシック・アイランド』と『世界終末の序曲』が届き、どちらも以前からぜひ見たいと恋い焦がれていた映画なので、見ないではおられなかった。さらに、年始の親族一同の集いで大人たちの会話に退屈した小学4年生の三男が、CSのファミリー劇場で放映されていたガメラ特集を見始め、ついつい私も『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』『ガメラ対大悪獣ギロン』を通して見てしまった。4日間で計7本というのは、私としてはちょっとした記録物の体験であった。メジャーなガメラ・シリーズの2本はさておき、他のマイナー海外怪獣映画についてはざっと紹介しておこう。

『世界終末の序曲』(1957)[Amazon]
 もっともまともにおもしろかったのが、これ。低予算巨大生物映画を得意としていたミスターBIGことバート・I・ゴードンの監督作品で、放射線を使い巨大な農作物を作る実験に巻き込まれたイナゴが巨大化、群れを成して襲ってくる。小さな田舎町が一晩で壊滅しているのが発見されるミステリアスな導入から、調査隊の前に巨体を現すお決まりのショックシーン、軍隊との攻防を経て大都市シカゴの蹂躙、イナゴの習性を利用した撃退法の発見と、緊張感を保ちつつテンポ良くストーリーが進行する。低予算の怪獣映画は怪獣だけで見せ場を作り続けるのが困難なので、人間同士のよけいなドラマでお茶を濁しがちなのだが、この映画にはそういう迷いが一切なく、巨大イナゴの恐ろしさとそれをいかに撃退するかのみを描くことに全力を傾注している。
 マスコミ関係者が事件を追うという設定のSF映画はよくあるが、この映画の主人公は功成り名を遂げた女性ジャーナリストで、しかも戦場のルポを得意にしているというのがちょっと珍しい。車載電話を搭載したでかいアメ車を乗り回し、軍に封鎖されている田舎町に入れなくて司令部に談判に行くと、将校に「あなたの本を読みましたよ、素晴らしかった」といわれて顔パスしてしまうのである。
 取材してきた数多くの戦場の有様を思い返し「いくら見ても慣れないものもあるわ」とつぶやく彼女は、そのすぐ後に破壊し尽くされた町に入り、巨大イナゴに人間がむさぼり食われるという地獄のような光景を目の当たりにすることになる。しかも、食われるのはイナゴと同じく実験の事故で放射能を浴び、発声機能に障害を持つ研究者の青年だった。そういえば同じゴードン監督の『戦慄! プルトニウム人間』でも、核実験の放射能を浴びた軍人が巨人化する前の病床で第ニ次大戦から朝鮮戦争へと命ぜられるまま転戦してきた記憶を夢に見て苦しむシーンがあったが、ミスターBIGは案外骨太の映画作家だったのかも知れない。
 惜しいのは、そういう志の高さに予算と撮影技術がついて行けていないことで、イナゴの大きさは場面によってまちまちだし、合成が拙くて半透明になったりする。その極めつけというべきが、合成やミニチュア製作を避けるために、引き延ばしたビルの写真にイナゴを這わせて撮影したという有名な奇策である。パッと見はそれなりの迫力なんだけど、よく見れば写真に映っている影とイナゴの落とす影とのすり合わせが不十分で、一緒に見ていた三男に「あれ写真やんか!」とすぐに見破られてしまった……。もう少し予算があれば、巨大昆虫映画の名作の一つに数えられたかもしれないのに、残念無念。
 ちなみに、同様の写真を使った手法は、川北紘一が『ゴジラVSキングギドラ』でより効果的に導入している。ギドラによって破壊される福岡市街のビルの中に、石膏ボードの表面に写真を貼り付けただけのものが混じっているのである。画面一杯に大写しになったビルが吹き飛ばされるカットであるにもかかわらず、事前に知らされなければまず気づけない見事な仕上がりであった。

『ジュラシック・アイランド』(1948)[Amazon]
 某有名恐竜映画の便乗のようなタイトルなのに、製作年度ははるか昔。実はこれ、原題は"Unkown Island"という。未公開ながら『未知の島』などの訳題でSF映画関連の書籍に紹介されていることもあったので、題名だけは知っているという人もいるのではないか。設定は『キング・コング』前半に似通っていて、戦時中に海軍の偵察機から太平洋上の孤島に恐竜が棲息しているのを目撃した男が、一旗揚げるのが目当てで動物を運ぶのを得意にしている貨物船をチャーターする。野郎ばかりではあまりにもむさ苦しい映画になるので、婚約者も同伴である。
 この映画には『キング・コング』と大きく異なる点が2つあって、まず1つめは登場人物同士が激しくいがみ合うことである。船をチャーターした男は成功することに囚われていて、他人を犠牲にするのもまったく平気。そんな男の本性を知り、婚約者はかつて島を訪れたことがあるというハンサムな船員になびいていく。ところが強欲かつ粗暴な船長も彼女を狙っていて、さらに下級船員たちは身勝手な船長に嫌気が差しており、叛乱を企てる。怪獣との攻防に徹した『世界終末の序曲』とは対極的に、こうした人間関係のもつれがストーリーの中心のようになっていた。
 2つめの違いは、恐竜たちがモデルアニメーションではなく着ぐるみ方式主体で撮影されていること。海外の着ぐるみ怪獣映画は総じて日本の怪獣映画のすばらしさを再確認するだけに終わる仕上がりのものばかりで、この映画もその例に漏れない。ケラトサウルスとコングのような巨大類人猿が着ぐるみで現れ、格闘シーンもあるのだが、造形はちゃちいし演技も下手。しかも、ミニチュアセットを組まないで実景の野原や森で撮影しているものだから巨大感がまったくなくて、ただ着ぐるみを被った人間が屋外をよたよた歩いているようにしか見えやしない。実はこの映画、恐らく世界初のカラー怪獣映画なのだけど、そのせいでますます着ぐるみ怪獣が作り物に見えているような気がする。モノクロにしておいた方が、いくらかは特撮の粗がごまかせたのではあるまいか。

『プテロドン 零式戦闘機 vs 翼竜軍団』(2008)[Amazon]
 太平洋戦争末期、極秘の任務で女性パイロットチームがテニアン島に向け飛ばしていたB29が翼竜のような怪物の攻撃を受け、ある島に不時着する。そこには日本海軍の航空基地があったが、基地は怪物の群れに蹂躙され壊滅していた。女性パイロットたちは日本軍が残した零戦で怪物に立ち向かい、脱出を計る──。
 あらすじだけ聞くとめちゃくちゃおもしろそうなのに、あまりにも低予算でぜんぜんダメ。劇場用映画ではなくケーブルテレビやDVD用に作られたものらしいが、飛行機はCG丸出しだし怪物の見せ方も下手くそ。日本の特撮ヒーロー番組にも負けてるかも。登場人物は一人として軍人に見えず、これまたストーリーは怪物よりも人間同士のぐだぐだしたもめ事の方が主になっていてうっとおしいばかりであった。極秘任務というのが実は原子爆弾の輸送で、戦時中の核攻撃を否定的に描いているのだけはちょっと感心したけれど、他には何も見るべきところがない。よほどのマニア以外は手を出さない方がいいだろう。

『ドラゴンストーム』(2004)[Amazon]
 中世イングランドの小国に数頭のドラゴンが現れ、王の命を受けた討伐隊が退治に乗り出す。ドラゴンは超自然的な存在ではなく、宇宙から隕石のように卵が飛来したエイリアンという設定。作中世界でもドラゴンなんて架空のものというのが常識になっていて、発見者がなかなか信じてもらえないという描写もある。王のお着きの科学者はドラゴンが炎を発するメカニズムを解明してみせ、ラストはそれを利用した方法で最後の一匹が倒される。つまりファンタジーではなく、中世を舞台にしたSFなのである。
 これもケーブルテレビ用の映画らしいが、ロケやセットにある程度金を掛けているようで一応中世の物語には見えるし、ドラゴンのCGもかなりがんばってはいる。しかし、またもや人間同士のゴタゴタでお茶を濁す脚本になっており、ドラゴン退治の方は単調でさっぱり盛り上がらない。せっかく中世でSFというおもしろいアイデアを思いついてるのだから、もう一歩工夫が欲しかった。

『U.M.A. 2002 レイク・モンスター』(1977)[Amazon]
 タイトルと製作年度が一致していないが、1970年代に作られた近未来映画とかではない。実はDVDメーカーが古い映画を最新作に見せかけて売り出したのもので、中身はモデルアニメーション怪獣映画のファンならご存じであろう『魔の火山湖 甦えった巨大生物の恐怖』なのである。『JAWS/ジョーズ』のヒットに端を発する動物パニック映画ブームに便乗して、当時すでに下火になっていたモデルアニメーション特撮の怪獣映画を作ったもので、湖に隕石が落ちたせいで古代の首長竜が蘇り、湖に近づく人間が次々と襲われる。
 今は亡きデヴィッド・アレンを中心にしたアニメーターたちが手掛けたという首長竜は、なかなかよい味を出している。しかし、これまた低予算映画の悲しさで、大暴れするシーンはごく少ない。クライマックスではパワーショベルとの対決という見せ場を設けているものの、ほとんど一方的にあっけなくやられてしまう。しかもカット割りが下手くそで、なにがどうなってやられたのすら解りにくいという始末。モデルアニメーションの怪獣が見られるだけで幸せな気持ちになれる私のような人間ならともかく、それ以外の人にはただ貧相で退屈な映画だろう。ましてやタイトルだけ見て2002年製と信じてたりしたら、激怒するんじゃなかろうか。

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