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2009/12/31

2009年12月の読了書から

『ドイツのゴシック小説』に刺激を受けて、数少ない邦訳を読んだり、また『ドイツのゴシック小説』を読み返したり、関連する研究文献も調べてみたりと、ドイツゴシックのプチ強化月間となった。

亀井伸治『ドイツのゴシック小説』(彩流社)[Amazon]
 ドイツでは英国とほぼ同時期にゴシック小説の流行があって、質・量ともに英国に匹敵するほどであったという。ところが、ドイツ本国でも正当に評価されないまま、研究も充分に進んではいないのだそうだ。そんなドイツのゴシック小説がいかに生まれ、どのような広がりを見せたかを詳細に追いかけた貴重な研究書である。ゴシック小説は通俗的なジャンルではあったが読者を迷わせるトリッキーな語りの手法を切り開きロマン派の露払いとなったという視点で、附論としてホフマンの作品をゴシック小説として読む考察が添えられている。著者は膨大な量のドイツ産ゴシック小説を集めているそうで、口絵にはコレクションの書影がカラーで紹介されているのも嬉しい(写真を間違えているページがあって訂正表が別紙で挟まれているので、購入時には要注意)。
 ただし、これからドイツのゴシック小説を読んでみようというような読者の啓蒙を狙ったものではなくあくまで研究者向けの本なので、決して読みやすくはない。ただただ書名と作者名が羅列されているだけみたいな箇所もいくつかあり、読み通すのにかなり時間が掛かった。そして、苦労して読破しても、紹介されている作品のほとんどは邦訳されていないのである。ドイツの幻想文学に不案内な私にはたいへん勉強になったのだが、かえって欲求不満に陥ってしまいそう。

フリードリヒ・シラー『招霊妖術師』(国書刊行会)[Amazon]
 これは再読で、十数年ぶりに読み返した。ドイツ産ゴシック小説の主要サブジャンルである秘密結社小説の嚆矢となったもので、青年貴族がイエズス会の陰謀に巻き込まれ、洗脳・改宗させられていく物語。書名にある招霊妖術師は陰謀の一手段のペテンでしかない。以前読んだときもつまらないと感じたのだが、やっぱりこれはつらい。イエズス会が悪役とか改宗される恐怖とかいうのが、当時のドイツの読者には説明抜きですんなり受け入れられたかも知れないけれど現代の日本人にはとても実感できない。しかも、未完のため主人公が本格的に悪に染まる前にストーリーが中絶しているので、ちっとも恐くはないのである。ドイツ幻想文学史上重要な作品ではあるのは間違いないが、そういう文学史的な興味でしか読めない小説ではないかと思う。その助けになってくれるのが訳者石川実氏による詳細な解説で、むしろこちらに一読の価値がある。

C・H・シュピース『侏儒ペーター』(国書刊行会)[Amazon]
 これまた18世紀ドイツのゴシック小説で、作者はC・H・シュピース。悪魔の誘惑を扱った小説の古典である。英国産ゴシックの代表作の一つであるM・G・ルイスの『マンク』も、この小説を参考にしているといわれている。
 13世紀ドイツの青年騎士が、一族の守護霊と言い伝えられている小びとの老人に女性との恋愛の楽しみを教わるのだが、この小びとは実は悪魔の手下の悪霊で、青年騎士と係わった女性は次々と悲惨な最期を遂げる。青年騎士は次第に倫理観を失っていき、ついには大悪魔ベルゼブルと契約を交わして悪行の限りを尽くす。最初のうちはあまりにも誘惑に弱く判断能力が欠如している単純な主人公に苦笑させられたのだが、惨劇がとめどなく連続しエスカレートしていくうちに、逆にその無邪気さがとても恐ろしくなる。見せ場の連続で飽きることなく読め、これは現代日本の読者でもそれなりに楽しめるだろう。
 本書は「解明される超自然」が主流であったというドイツ産ゴシックの中では例外的にはっきりした超常現象がてんこ盛りになっているのだが、本筋が終わってからの後日談で、この物語に疑問を持った僧侶が典拠となった史実を発見するという、とってつけたような種明かしがある。『ドイツのゴシック小説』によると、これは刊行後の改訂で付け加えられたものらしいが、本編の魅力とまったく相容れない蛇足のように思う。

ジョー・シュライバー『屍車』(集英社文庫)[Amazon]
 少女時代に当時学友だった前夫とともに連続殺人犯を倒し、その屍体を埋めて隠したというショッキングな過去を持つ女性が、何者かに娘を誘拐される。誘拐犯の要求は、彼女が埋めた屍体を掘り返し、犯人が指定するルートに従い6つの町を経由して7つめの町に12時間以内に届けるべしというものだった。車が目的地に近づくにつれて奇怪な出来事が次々と起き、一連の事件の背後には200年前の殺人鬼がいることが明らかになる。
 1つ町を通過する毎にどんどん怪異が非現実的にエスカレートし、12時間という制限時間のおかげもあって、アメリカン・モダンホラーにありがちなよけいな寄り道無しに勢いよく話が進んでいくのが心地よい。自己顕示欲が強いのか、悪霊の親玉が007映画の悪役みたいに自分の計画を主人公に懇切丁寧に説明してしまう間抜けさには笑ってしまったけれど、肩の凝らないB級ホラーと割り切ればまあまあ楽しめる。

高瀬美恵『セルグレイブの魔女』(祥伝社文庫)[Amazon]
 「セルグレイブの魔女を訪ねよ」と、あるコンピューター・ゲームに関連するらしい書き置きを残して男子小学生が失踪した9年後、今度は同じ内容のメモが死体に添えられる幼女連続殺人事件が発生して……というサスペンス・ミステリー。扉に「ホラー・ミステリー」と書かれていて、ウェブ書店でもそう表記しているところがあるが、まったくホラー的な要素はない。
 猟奇的な殺人事件が起き、犯人がゲームやマンガの愛好家だと判明すると、「空想の世界に逃避して現実を見失った」という報道が安易に飛び交いがちである。しかし、そこではしばしば、空想に縋らねば生きていけない者たちの真摯な想いは等閑視されている。一方で、現実の犯罪に手を染めてしまった犯人の側もやはり、空想の世界に生きる者の矜持を忘れたとの批判は免れないのではないか。場合によっては相互に対立しかねないそんないらだちを、本書は評論のように論理的に整理して提示するのではなく、立場の異なる登場人物たちの多視点の物語によって生のまま読者にぶつけようとしている。重いテーマを扱いながらもリーダビリティの高い娯楽小説に仕上げられており、たいへん読み応えがあった。

田辺青蛙『魂追い』(角川ホラー文庫)[Amazon]
 第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した「生き屏風」に始まる、鬼の父と人間の母の間に産まれた少女のような容姿の妖怪を主人公としたシリーズの続巻。今回は、死んで間もない生物の魂魄を捕らえて売り物にする「魂追い」の少年との交流を描いており、二人は互いに相手をかけがえのない存在と思うようになっていく。
 しかし、限られたはかない生しか持てない人間と妖怪ではいつかは別離せねばならないことが前提となり、基本的に心やさしいお話でありながら、もの狂おしい緊張感がかすかに全編に漂い続けている。そのために「生き屏風」の超然と浮世離れした味わいは薄れてしまったものの、物語としての牽引力は前作以上であり、キャラクター小説的にパワーアップしたという感じであった。私はそれぞれにおもしろく読んだが、どちらを評価するかは好み次第だろう。

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