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2009/11/30

2009年11月の読了書から

 今月は第16回日本ホラー小説大賞の受賞作をまとめて読んだ。完成度が一番高いのはやはり大賞の宮ノ川顕『化身』だったが、私の個人的な好みは短篇賞の朱雀門 出『今昔奇怪録』の方だった。

朱雀門 出『今昔奇怪録』(角川ホラー文庫)[Amazon]
第16回日本ホラー小説大賞短篇賞受賞の表題作を含め全5篇収録の短篇集。

(1)今昔奇怪録
(2)疱瘡婆
(3)釋迦狂い
(4)きも
(5)狂覚(ポンドゥス・アニマエ)

 著者は受賞の言葉で怪談への愛着を熱く語っているが、いかにも怪談らしい怪談は少ない。もっとも伝統的な怪談風なのは(2)だが、これも一捻りあって怪談というより奇談。他はどれも奇想とトリッキーな語りの工夫があって、ストレートな怪談にはなっていない。(1)はある地方に伝わる無名の怪談集を読み耽る夫婦が、自身も怪異に巻き込まれていく話。とてつもないことが起きそうな雰囲気をうまく出しながら、ほとんど何も起きない方向にまとめたのが肩すかしのようでもったいない。伝説的巨躯力士の逸話をエスカレートさせて現実とも幻想ともつかぬ世界を彷徨う恐怖を描いた(3)、生物学の研究室に死者が培養しているらしき肝細胞標本が跳梁する(4)、オカルト実験の観察過程を多視点の一人称で綴った(5)は、決定的な解決を必須としない怪談の特性を活用しながらもSF的な味わいが濃厚であった。
(2)を除くとどれも、怪談への執着を前面に押し出しながら恐怖よりもロジカルな奇想のおもしろさの方が目立つ。ここを何とかうまく乗り越える工夫ができれば、すごく斬新で恐ろしい怪談を生み出せるではないだろうか。また、逆に怪談にこだわらずに書いていく道もあるようにも思う。

三田村志郎『嘘神』(角川ホラー文庫)[Amazon]
 第16回日本ホラー小説大賞長篇賞受賞作。男子高校生の主人公がある朝目覚めると、5人の友人たちと一緒に、出口すらない奇妙な密室に閉じこめられているのに気づく。そこへ「嘘神」を自称する何者かの声が響き、最後の1人のみが現実に帰れる生き残りゲームを強いる。守るべきルールは7つ、ただし、嘘神の言葉には1つだけ嘘があるという。最初は協力し合おうとしていた6人だが、当然ながら次第に仲間割れし始めて──という話。設定だけ聞くとスリラーっぽいけども、嘘神はほんとうに神で超常現象を起こせるので、一応ホラーではある。
 ネタバレになるので詳細を書くのは控えるが、結末の種明かしには人間の生理に関する考証ミスがあって、トリックとして成立していないように思う。しかも、嘘神は2つ嘘をついていることになるはずだ。1つだと強弁できないこともないのだけど、それはそもそも最初の説明が約束事としては不完全な文章であることを利用した言い逃れのようなもので、許容すると実質何でもありになってしまう。せっかく各登場人物の一人称視点で実況風に物語を繋いでいるのに、設定の説明のためにあり得ないほど長い回想に耽らせたてテンポを削いだり、涙声を濁点で表現する文体がまるで東海林さだおのマンガみたいだったり、申し訳ないが私にはいろいろと耐え難かった。そういえば、少年少女が殺し合いゲームを強いられるというと、この賞の選考委員たちに拒否されたことで名を上げた『バトルロワイヤル』が思い出されるが、どうしてあれが失格でこれはOKなのだろう? まったく解せない。

宮ノ川顕『化身』(角川書店)[Amazon]
第16回日本ホラー小説大賞を受賞した表題作と他2篇を収録。

(1)化身
(2)雷魚
(3)幸せという名のインコ

 受賞作の(1)は、日常に倦んだ男が旅に出て、南海の島の密林で絶壁に囲まれた池に落ち、何年も池の中で暮らすうちに環境に適応して肉体が変容していくという奇妙な話。主人公が淡々と事態を受け入れていくので恐怖感はまったくなく、ホラーというより幻想小説であった。受賞時のタイトル「ヤゴ」は誤った先入観を与えそうなので解題したのは正解だったが、「化身」も本来の語義とは微妙にずれているのが気になる。(2)は謎めいた大人の女性に憧れる少年の想いを幽霊譚と結びつけたもので、(3)は不況による生活苦に悩む男がペットのインコの囁く予言により常軌を逸していくというストレートな怪談で、受賞作とはまったく趣の異なる題材を扱っている。しかし、登場人物の心の動きを的確に拾い上げていく安定した筆さばきは共通している。派手な見せ場で興味を引くよりもこつこつとディテールを積み上げていく作風なので全体に印象が地味ながら、基本的な小説のスキルはかなり高い。(1)に対する選考委員高橋克彦の選評は明らかに誉めすぎだと思うが、確かに今後に期待できそうな新人ではある。

平山蘆江『蘆江怪談集』(ウェッジ文庫)[Amazon]
 昭和9年に発行された稀覯怪談本の復刊である。下記13篇を収録している。

(1)お岩伊右衛門
(2)空家さがし
(3)怪談青眉毛
(4)二十六夜待
(5)火焔つつじ
(6)鈴鹿峠の雨
(7)天井の怪
(8)悪業地蔵
(9)縛られ塚
(10)うら二階
(11)投げ丁半
(12)大島怪談
(13)怪異雑記

 花柳演芸記者であった著者だけに男女の愛憎から生まれる怪談が多いのだが、洗練された粋な語り口のおかげでドロドロした印象はまったくない。それでいて、恐いところはきっちり恐いのだ。鮮烈な怪異描写で名高い(5)がやはり突出した恐さだが、ジェントル・ゴースト・ストーリーである(10)なども中盤までは剣呑な予感を湛えていて恐ろしかった。幽霊は幽霊であるだけで恐ろしいという基本を、筆の力できっちり描きだせる書き手なのである。最近の文庫本では珍しく旧仮名づかいのまま復刊されており、この素晴らしい文章芸がオリジナルに近い形で堪能できるのが嬉しい。しかも安い。怪談好きなら決して買い逃すべきではない。


高瀬美恵『スウィート・ブラッド』(祥伝社文庫)[Amazon]
 先月読んだ『庭師』がかなりおもしろかったので、積読にしていたこの本も読んでみた。これまた意欲的な作品で、今まで読んでいなかったのを恥じた。27歳のごく平凡な主婦が何となく憧れていたコンビニのイケメン店員が実は吸血鬼で、運命のいたずらにより彼女も吸血鬼の仲間入りを果たすという話。安易に吸血鬼に憧れるホラーには食傷気味なので敬遠していたのだが、これはむしろそういう吸血鬼物へのアンチテーゼを志した小説で、誘惑に負け人の道を踏み外した主人公は恐ろしい運命に見舞われることになるのである。ささやかだが満ち足りていたはずの日常とこの世の物ならぬ快楽との間を揺れ動く主人公の心情がリアルに描かれていて現代日本を舞台にした吸血鬼小説の中でも傑出していると思うし、こういうアイデアの吸血鬼小説は海外にも無いかも知れない。惜しまれるのは題材に比して短すぎることで(実質中篇程度である)、もう少し枚数を費やして主人公の葛藤をさらに掘り下げておれば、より一層痛切な恐さが出せたのではないかと思う。

詠坂雄二『電氣人閒の虞』(光文社)[Amazon]
 架空の地方都市に伝わる怪人についての都市伝説に係わり、不審な死亡事故が連続して起きる。連続殺人事件か? それとも怪人が実在するのか? 三流ビデオゲーム誌の企画で、フリーライターが真相を追うはめになる。ところが、この小説は犯罪小説やホラーの常道を忌避するかのように逸脱し、都市伝説そのものを巡る議論へ向かっていく。そのはぐらかし方と議論が楽しめるかどうかで、本書の評価は大きく分かれるだろう。かくいう私は──あまり楽しめなかったのである。
 きっとそのいくらかは、小説としての結構より知的遊戯としての興味を優先するミステリにはなじめないという、私個人の感性の問題である。だが遊びというなら、訳知り顔のはぐらかし役で著者自身が現れるなんてのは、あまりに格好悪くはないだろうか? 思わせぶりな序章の意味がどうも判らなくてネットを検索してみたら、著者の過去の作品を読んでいないと判らない仕掛けがあるのだという。ファン相手のサービスのつもりだろうが、私のよう初めて触れる読者にはただ迷惑なだけである。気の利いた洒落のつもりであろう結末の一文に至ってはもう……申し訳ないが、著者がおもしろがっているらしい仕掛けのことごとくが、私の趣味には合わなかったのである。都市伝説を巡る議論の内容にはところどころ感心させられることもあったのだけど、全体としては独りよがりなお遊びに付き合わされたという印象しか持てなかった。

荒山徹『柳生薔薇剣』(朝日文庫)[Amazon]
 日本への移住者を強制帰国させようとする朝鮮使節団から逃れた女が、徳川家康のお墨付きを受けた縁切寺の鎌倉東慶寺に逃げ込んだ。これをきっかけに内外の様々な勢力が激突する暗闘が始まり、父宗矩や弟十兵衛を上回る実力を持つ柳生家の若き女性剣士矩香が女のボディガードに任ぜられる。例によって朝鮮はひどい悪者であるが、今回は日本側もそれに劣らぬ曲者がうようよ。その最中にあってヒロイン矩香は腹黒い宗矩の子とは思えないほど清く正しい心根の持ち主で、恋のため国を捨てた朝鮮人女性や豊臣秀吉の遺児である住持を始めとした東慶寺の尼たちとの熱い共闘には、しがらみに囚われて無為な殺し合いを続ける男どもを一蹴する魅力がある。私がこれまで読んだこの著者の柳生物のゲーム的な感覚とは一線を画しており(私はそっちも好きだが)、誰が読んでも楽しめる娯楽作に仕上がっていると思う。

貸本マンガ史研究会『貸本マンガRETURNS』(ポプラ社)[Amazon]
 貸本マンガの世界を概観したガイドブック。扱う範囲がとにかく広大なのでほんの触りにならざるを得ないようで恐らく詳しい人には物足りないだろうが、私のように不案内な者にはちょうどよい入門書であった。ただ、分担制で各章毎に著者が異なるので、若干質のばらつきがある。時代劇やハードボイルド、少女マンガの章は世相や他メディアとの関連も視野に入れていて読み応えがあったのに、個人的にもっとも興味があった怪奇マンガの章はただ代表的な作品を追うばかりでやや掘り下げが浅いように思った。いつの日か、より詳細な怪奇貸本マンガ研究が現れるのを期待したい。ともあれ、類書は他にないようだし貴重な一冊なのは間違いない。

菊地秀行『貸本怪談まんが傑作選 妖の巻』(立風書房)[Amazon]
 貸本マンガ誌に発表されたきり埋もれている怪奇短篇を発掘紹介した二巻本アンソロジーの上巻。収録作は下記の通り。

(1)小島剛夕「月に背く者」
(2)楳図かずお「蝶の森」
(3)浜慎二「人間蒸発」
(4)いばら美喜「焦熱地獄」
(5)古賀新一「健啖家」
(6)モンキー・パンチ「復讐」
(7)巌太郎「幽霊館の鬼女」
(8)水木しげる「壁ぬけ男」

 まっとうにおもしろいものから珍作・怪作までさまざま。(3)はリアリズム派の絵画怪談かと思いきや、クライマックスはマンガにしかできない大胆な怪異表現で意表を突かれた。怪作の方では、溶鉱炉に突き落とされた男が何の説明もなく灼熱の金属人間と化して怨敵に凄絶な復讐を果たすという(4)のインパクトが凄い。(8)はあからさまに米映画「4Dマン」の剽窃であるが、時代劇に仕立てた上に「スエーデンボルグの神秘医学」なる奇怪なオカルト理論を絡める工夫があり、頭一つ突き抜けたスケール感がある。
 菊地秀行による解説は、研究者ではないために貸本怪奇マンガを概括するようなものではないが、各篇の鑑賞の手引きとしては楽しめる。また、どれも初出誌は明記されているものの、刊年がはっきりしないらしく記載がないのが残念。

菊地秀行『貸本怪談まんが傑作選 怪の巻』(立風書房)[Amazon]
 貸本マンガ誌に発表されたきり埋もれている怪奇短篇を発掘紹介した二巻本アンソロジーの下巻。収録作は下記の通り。

(1)水木しげる「へびの神」
(2)楳図かずお「ばけもの」
(3)浜慎二「北へ行った男」
(4)いばら美喜「印画紙」
(5)北風三平「今朝早く」
(6)谷川きよし「怪奇焼死体」
(7)とみ新蔵「首」
(8)影丸譲也「呪人形」
(9)小島剛夕「いまひとたびの」

 上巻と重なる顔ぶれもあり、それぞれ読み応えのある作品ではあるものの、せっかく貴重な復刻の機会なのだから一作家一作に絞って欲しかった気もする。この巻では、(6)が特に印象に残った。金目当ての殺人の犠牲となった霊の凄惨な復讐が犯人の子供まで巻き込んでしまうというアモラルな話で、お世辞にも上手いといえない絵がかえってざらざらした恐怖感を醸し出している。

E.R.バローズ『月からの侵略』 (創元推理文庫) [Amazon]
 先月読んだ『月のプリンセス』の続巻で、第2部「月からの侵略」と第3部「レッド・ホーク」を収録。第1部で月に置き去りになった主人公のライバルが、月人の部族と結託して地球を侵略する。月の覇権を握り地球を侵略した部族はもともとは月の労働者階級であったという設定で、知的水準が低い彼らの身勝手な支配により、地球の文明は産業革命以前のレベルに後退してしまう。つまりこれは、ロシア革命に対する危機感を小説化したものなのである。第2部では主人公の子孫が月人の支配下にある22世紀で蜂起するも失敗、第3部ではさらにその子孫が25世紀にライバルの子孫たちと和解してアメリカの一地方であるが支配を覆す。評判がいいという第2部は、主人公が未熟なために革命が挫折するという暗い話が単調に進められるのみで、悲劇としても魅力的とはいいがたい。露骨な反共主義は時代的制約として了解するにしても、もう少し工夫が欲しかった。アメリカ万歳の脳天気な活劇である第3部の方が、割り切って読めばまだしも楽しめるのではないだろうか。
 
ロバート・フォーチェック『パンターvs T‐34―ウクライナ1943 オスプレイ“対決”シリーズ』(大日本絵画)[Amazon]
 第二次世界大戦における二大傑作中戦車と並び称されているドイツのパンターとソ連のT-34について、両者が生まれた背景と、初めて相まみえた1943年にウクライナのクルスクでの史上最大規模の地上戦を分析し、真の実力を比較しようとしたもの。ミリタリー趣味におけるドイツ軍は野球の巨人軍のようなもので、その中でパンターはカタログ上のスペックではT-34を遙かに上回る戦闘能力を誇り、特に人気の高い戦車である。ところが本書はそのパンターを、ドイツ軍上層部内の政治的駆け引きによりでっちあげられた、不必要に複雑で機械的信頼性に乏しい欠陥兵器であると、かなり厳しい調子でこき下ろしているのがおもしろい。実際、デビュー時のパンターの最大の敵はT-34よりも自身の故障で、1943年の東部戦線での稼働率は50%を維持するのも困難であったという。クルスク戦を制したのは粗っぽい作りながら生産が容易で故障知らずだったT-34の方で、その後の独ソ戦の趨勢もまたしかり。少数の精鋭よりも多勢の凡兵。物量が支配する近代戦の非情な本質がかいま見える。

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