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2007年7月の記事

2007/07/01

『大日本人』だよ!

 映画ファンサービスデーということで、なんばパークスシネマで松本人志の初監督作品『大日本人』を見た。これまでいろいろとハズレな映画も見てきたけれど、ラストで「えぇ~っ?!」というどよめきが劇場を埋めるのを聞いたのは初めて。ほんとにどうしようもない映画です、これは。

 この映画の大部分は、高圧電流で巨大化する能力を持ち、国家権力と協力しながら代々怪獣から日本を守ってきた「大佐藤」家の6代目当主の姿を追ったドキュメンタリーの体裁になっている。しかし、それにしてはドキュメンタリーとしてはあり得ない視点のカットが次々挟まれるのは、いったいどうしたことか。さては、まともに劇映画の演出ができないのをごまかしているだけなのか? と、勘ぐらずにはいられない。

 松本人志自身が演ずる大佐藤は国家に協力して怪獣を倒しているのに、どういうわけか十分な報酬を得ていない(月額20万円程度だという)。怪獣は一度出現すればビルをいくつも倒すような被害をもたらすので、国がここまで報酬をけちるのはかなり不自然なのに、なぜそういうことになっているかという説明は一切無い。ともあれ国家からの報酬が少ないので、大佐藤は巨体に広告を描かせて怪獣との対決をテレビで放送することで生計を立てている。その番組は丑三つ時に放送されていて視聴率もどん底というのだが、そんな時間帯の低視聴率番組にスポンサーが付くはずがなく、これも不自然だが説明はない。また、この映画の中の日本は、怪獣が当たり前に存在して繰り返し来襲する世界なので、過去の記録から怪獣たちのデータベースが作られている。ところが、新たな怪獣が登場するたびに画面に大写しになるそれは、まるで子供が夏休みの宿題で書いたかのようなひどく簡単な内容で、とても政府の専門機関が作ったものには見えない。

 いちいち例示するときりがないのでこれぐらいにしておくけれど、SF的題材でドキュメンタリー風に作るのなら、こういうディテールに凝ってみせなくては話にならない。それに、こういうところをむりやりこじつけることからこそ、SFならではの非日常的な笑いが生まれるのではないだろうか? たとえば、国家からの基本給は100万円だが、大佐藤のミスで生じた周辺の被害が多くて保険でもカバーしきれないので天引きされた結果が20万円だとか、いくらでもやりようがあるだろう。漫才やコントなら、「怪獣倒してるのに20万円しかもらえへんねん」「なんじゃそりゃあ」という投げっぱなしでも済むだろうが、映画はそうはいかない。ドキュメンタリー・タッチというにはリアリティに欠けるわ、お笑いとしても徹底度に欠けるわでは、想像力があまりにも貧困というか、刹那的な思いつきで適当にやっているといわれても仕方あるまい。

 怪獣と大佐藤のバトルはすべてCGで描かれている。CGそのものの出来は、まあまあというところだろう。明らかにCGに見えてしまってはいるが、着ぐるみや操演ではむずかしいような動きもあるし、それなりに重量感ある立体物が動いているようには見えて、たとえば悪名高い実写映画版『鉄人28号』のようにひどく軽々しいことはない。ところが、どういうわけか実写映像との合成やカットバックを極端に避けているために、街が巨大な物に蹂躙されているという臨場感は実写映画版『鉄人28号』にも劣る。この程度の精度のCGで無人の街でのバトルを描いていみても、そこだけがいきなりアニメーションになっているようにしか見えない(というか、実際そこだけいきなりアニメーションなのだが)。たとえちゃちでもくさくても、ここは驚き逃げまどう人間のカットとのコンビネーションが絶対必要なのである。怪獣に人気タレントの顔を合成するという、別におもしろくともなんともないことに力を注いだために、実写との合成までやる余力がなかったのだろうか? 板尾創路顔の怪獣が現れて大佐藤と関西弁で下品な口論をはじめると、もういけない。怪獣が人語をしゃべるというのはかなり大きな問題のはずなのだが、例によってそれについてはスルー。劇場ではそれなりに受けていたけれど、私には「ああ、得意分野に逃げるんだね」としか思えなかった。

 このCG特撮が終盤、「ここからが実写でご覧ください」という字幕に続いて、ちゃちなミニチュアとしわだらけの着ぐるみに変わる。それまでのドキュメンタリー風の体裁もすべてかなぐり捨てて、まったく単なるコントになってしまうのである。「実写」という言葉が何を指しているのかはともかく、おそらく監督としてはCG特撮とミニチュア+着ぐるみの特撮では劇的な落差があると信じていたのだろう。しかし、そういう狙いならもう少しCGパートをがんばってくれないことには、残念ながら特撮まるだしという点ではそんなに変わりはない。ドキュメンタリー風映画からコントに変わる衝撃も、板尾創路顔怪獣のパートを先に見せられているので半減してしまっている。しかも、このコントのネタがまた、怪獣とヒーローに託して北朝鮮とアメリカと日本の関係を風刺するという、まるで新聞のつまらない一コマ漫画みたいな陳腐きわまりないもの。もう恥ずかしいやら情けないやら……と、あきれているうちにエンドロールが出てきて、そのまま映画は終わってしまうのである。

 インタビューなどで伝え聞くところでは、松本人志は巨大ヒーローを題材にした前衛映画のつもりで、この映画を作ったらしい。ところが、実際にはかつてバラエティ番組『ごっつええ感じ』で繰り返しやっていたSF特撮系不条理コントを金を掛けて2時間だらだらと続けただけのようなもので、しかも昔と比べると悲しいほど切れ味が鈍っている。前衛どころか、お得意のパターンの劣化再生産に過ぎないのだ。そして、再生産にあたって力を注いだつもりらしい趣向がどれも不徹底で、ことごとく外しているのである。これで前衛とは、観客をバカにするにもほどがある。劇場を埋めた失望の声もむべなるかな。私がこれまで劇場で見た中では、文句なしにワーストワンの映画だといわせていただく。

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