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2007年3月の記事

2007/03/27

T・E・D・クラインの新刊!

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 Amazonより、T.E.D.Klein "Reassuring Tales"(Subterranean Company)[Amazon]が届く。アーサー・マッケンやH・P・ラヴクラフトの衣鉢を継ぐ正当派怪奇小説の名匠であり、極端に寡作なことで知られるホラー作家T・E・D・クラインの中・短篇集である。クラインの作品集が出るのは、処女短篇集"Dark Gods"(1985)以来実に21年ぶりのこと。限定600部のサイン本で、昨年末に出ていたのを先週になってようやく知った。そのうちもっと廉価な普及版が出るのかもしれないけれど、嬉しくてつい注文してしまったのである。手元に届いたのは、600部中の360番だった。

 収録作は下記の10篇で、1970年代の初期作品と"Dark Gods"以後の新しい作品(といっていいのか?)が混在している。うち邦訳があるのは2篇のみ。

・Camera Shy
・Growing Things 「増殖」アル・サラントニオ編『999 Vol.1 妖女たち』(創元推理文庫)
・Curtains for Nat Crumley
・Magic Carpet
・One Size Eat All
・Ladder
・Well-Connected
・S.F.
・They Don't Write 'Em Like This Anymore
・The Events at Poroth Farm 「ポロース農場の変事」S・D・アニオロフスキ編『ラヴクラフトの世界』(青心社文庫)

 実力に反して一般読者には知名度は高くない作家だし、目玉というべき中篇「ポロース農場の変事」が既訳だから、邦訳出版は難しいかなあ。

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2007/03/18

Annotated Checklist of Speculative Fiction

 ネットで調べものをしていて、アメリカのホラー作家/研究家ドン・ダマッサがホームページ"Critical Mass"で、作家名から検索する書誌データベース"Annotated Checklist of Speculative Fiction"を無償公開しているのをたまたま見つけた。ジャンルとしては「SF」「ファンタジー」「ホラー」に区分けしており、「ホラー小説には『羊たちの沈黙』のような非超自然ホラーは含んでいない」と断り書きがある。たとえば同じ古典ゴシック小説でも『マンク』はホラーだが『ヴァテック』はファンタジーというように分類されているのだが、複数のジャンルにまたがって掲載されている小説もあるようだ。一応、『オトラント城』以降のすべての小説を収録しようという方針らしいが、無名の古典ゴシック小説などはさすがにきびしくて、それなりに網羅できているのは19世紀末以降のようだ。それでもなお私が気づくような未掲載の作品があるので全体としては遺漏はかなりあると思われるけれど、オンラインデータベースの強みで随時アップデートしてくれている。

 類似の書誌データベースとしては、"Fantastic Fiction"があるが、年代の古い作品については、ダマッサのデータベースの方が"Fantastic Fiction"よりも多く網羅しているようである。また、"Annotated"とあるだけあってすべての本にごく短い内容紹介が付されているのが嬉しい。たとえば創元推理文庫より近々邦訳が出る予定のジャック・ウィリアムスンのホラー長篇『エデンの黒い牙』("Darker Than You Think",1940)だと、こんな感じである。

"Werewolves, witches, and other supposedly supernatural beings are explained as part of a non-human species which was nearly wiped out by homo sapiens in the distant past. Now they are re-emerging, though still hidden among normal humans, and there is but a single weapon which might prevent their seizing control of the world."


 すべてに内容紹介といっても短篇集については"Collection of unrelated stories"で済ませているし、未読のものは正直に"Not seen"と書いているのでぜんぜん不完全なのだけど、あるのとないのでは大違い。すなおに感謝すべきだろう。

 データがシンプルな構成のhtmlファイルなので、フルブラウザを搭載してる携帯電話なら古本漁りの最中にさっと参照することも可能だろう。SF、ファンタジー、ホラーぜんぶのデータをダウンロードしても30MB強だから、PDAを持っていればメモリーカードにコピーして電波の届かないところでも見られる。携帯電話については私はフルブラウザは入れていないので試していないが、PDAでの運用はふだん手帳として愛用しているヒューレット・パッカードのWindowsCE機iPAQ Pocket PC h1937で試してみた。標準ブラウザのPocket Internet Explorerの読み込み速度が遅いのとページ内検索機能がないのが難点だが、読み込み後の動作速度は申し分なく、十分実用に耐えるようだ。より高機能なブラウザをインストールすれば、もっと快適に使えるだろう。ポケットに収まるSF・ファンタジー・ホラーのリファレンス本が無料で手に入ってしまった! ドン・ダマッサにはいくら感謝してもし足りない気持ちだ。

 こうしたシンプルでオープンな形式の電子データのもう一つの利点は、データの検索・抽出・加工が紙のデータとは比較にならないほど容易なことで、たとえば20世紀前半に出ているホラー長篇のリストなんていうのが、数時間もあれば作れてしまう。で、そこからどういうことが判るかというと──これは後日別項にて。

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2007/03/09

ハマー・ホラー読本の出版企画

 先にご紹介した『新ドラキュラ/悪魔の儀式』のDVDを監修したホラー映画研究家石田一が、菊地秀行の協力を得てハマー・フィルムのホラー映画ガイドブック『恐怖の遺産/ハマー・ホラー完全読本』を出版する企画を立て、予約を受け付けているとのこと。詳しい内容はこちら。

 石田一は1998年にハマー関係者のインタビュー記事の邦訳を中心にした『ハマー・ホラー伝説』[bk1][Amazon]を出していて、巻頭の謝辞に「個々の詳細な作品紹介や作品評は続巻に譲るとして、記念すべき第1巻は、ハマーファンが最も知りたいと思われる舞台裏を覗くために、当時の関係者の証言を中心にまとめることにした」と書いていた。今回の企画は、おそらくその続巻に当たるものなのではないだろうか。

 ハマーの作品紹介の本としては、梶原和男『ハマーフィルム・ホラー&ファンタスティック映画大全』(洋泉社)[bk1][Amazon]がすでにあって、これは非ホラーも含めたハマーの全作品のフィルモグラフィを掲載しており重宝するのだけど、最小限のデータのみで批評性や遊びに乏しい憾みがあった。石田一は1970年代からファンジンで批評研究に腕を奮い続けプロとなった叩き上げのホラー映画ファンだけあって、今回の『恐怖の遺産/ハマー・ホラー完全読本』はその穴を埋めてくれる決定版ガイドブックとなることが期待される。ただし、3月末日までに予約数が500部に達しないと発行を見合わせるそうなので、ご注意を。

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2007/03/01

ジョン・ブラックバーン再説(その2)

 ※この項は、昨年12月の「ジョン・ブラックバーン再説(その1)」の続きです。まず先にそちらを読んでください。

 デニス・ホイートリー(1897-1977)は、日本ではどれぐらい読まれているのだろう? 平井呈一が編んだ『世界恐怖小説全集』の一冊として早くから邦訳紹介された『黒魔団』はその後国書刊行会から2度再刊されているし、ハマー・フィルムで『悪魔の花嫁』[Amazon]として映画化されたり、私は未見だが少女漫画版まである(中貫えり『週末は魔都ロンドン』1996,あすかコミックス)というだけあって、それなりに知られているようではある。だが、ほかの著作はほとんど読まれていないのではないだろうか。

 ホイートリーは1930年代の作家デビューから晩年に至るまで、英国では国民的な人気を誇った流行作家であった。『黒魔団』を始めとしたホイートリーの黒魔術小説は、今でこそ原書でも新刊で入手できるものは少なくなっているものの、ほんの10年ほど前まではすべて現役だった。ただし、本来彼が得意としたのは戦乱や国際関係の緊張を背景にしたサスペンス小説であって、黒魔術小説は割合からいうと著作の一部でしかない。邦訳では、1980年代に国書刊行会から『デニス・ホイートリー黒魔術小説傑作選』全7冊が刊行されており、下記の5長篇を読むことができる。

(1)『黒魔団』 The Devil Rides Out (1935)
(2)『新・黒魔団』 Strange Conflict (1941)
(3)『娘を悪魔に』 To the Devil-A Daughter (1953)
(4)『悪魔主義者(サタニスト)』 The Satanist (1960)
(5)『ナチス黒魔団』 They Used Dark Forces (1963)

(1)は、強大なパワーを秘めた「セトの護符」を獲得しようとするオカルト結社とそれを阻止しようとするグループとの、正邪の魔術合戦を描いたもの。(2)では(1)の主人公たちが今度は、ナチスに協力し英国海軍の輸送船団の航路を透視しているブードゥーの魔術師に立ち向かう。(3)は、ホムンクルス製造のために生贄にされようとしている乙女を巡る争奪戦。これもハマー・フィルムによって『悪魔の性キャサリン』[Amazon]として映画化された。(4)は共産主義陣営と結託している悪魔崇拝者たちの陰謀を青年刑事とその恋人が追い、最後は核戦争の危機まで迫るという気宇壮大な物語。(5)は、ナチスドイツの中枢に潜入した英軍のスパイが、予知能力を持つユダヤ人魔術師の協力を得てヒトラーをたぶらかそうとするという戦中秘話仕立ての異色作である。

 このようにデニス・ホイートリーの黒魔術小説は、しばしば彼の十八番である諜報サスペンス小説と混淆する。そればかりか、実はこれらの5長篇はそれぞれ黒魔術とは無縁のサスペンス小説シリーズの一冊でもあるのだ。(1)(2)は英国に政治亡命してきたフランス人ド・リシュロー公爵、(3)(4)は英国公安部の"コンキイ・ビル"ヴァーニー大佐、(5)は英軍情報部員のグレゴリー・サリューストという、いずれも諜報活動のエキスパートであるキャラクターのシリーズに属している。これらのシリーズを通読すると、オカルト的要素などまるでない物語が続いている中にいきなり黒魔術の物語が顔を出すという、奇妙な読書体験をすることになるわけだ。ホイートリーはすでに1930~40年代に国際諜報物のサスペンス小説とオカルト・ホラーとの間を自在に行き来するキャラクター小説シリーズを確立しており、長きにわたって英国民の絶大な支持を得てきたのである。

 恐らくジョン・ブラックバーンのマーカス・レヴィン卿とカーク将軍のシリーズは、こうしたホイートリーの小説作法に則ったものに違いない。ブラックバーンの小説はアメリカではイギリスほど売れなかったというが、これもホイートリーによる地ならしの有無の差によるものではないだろうか。同様にしてホイートリーに倣った英国の作家はブラックバーンのみではないようで、超能力ホラー映画の傑作として日本でも知られている『メドゥーサ・タッチ』(1978)[Amazon]も、ピーター・ヴァン・グリーナウェイによる原作はチェリー警部補というキャラクターを主人公にしたサスペンス小説シリーズの1冊なのだそうだ(Peter Van Greenaway,"The Medusa Touch",1973)。『闇に葬れ』に顕著な英国産SFホラー映画との類似性も考え合わせると、ジョン・ブラックバーンはジャンルフィクションの改革者というよりも、伝統を意識して既存の類型をなぞろうとした作家であるといった方が正しい。とはいえ、こうした評価はブラックバーンの独自性を否定するものでは決してない。

 いったい何がホイートリー流ジャンルミックスの根幹となっているかは、現物を読めばすぐに判る。彼にとっては、ナチも共産主義も悪魔崇拝も古き良きイギリスの敵という点ではまったく同じであり、いくらでも置換や結合が可能だったのである。極端な保守主義者であるホイートリーの小説は、しばしば大英帝国を礼賛するための歴史や政治についての退屈な議論で中断する。一方、肝心の魔術戦も無邪気に正義の勝利を信ずるあまり、なんだか呑気なお遊びのようになってしまいがちである。ブラックバーンは、このような保守主義や楽観主義とは無縁だった。人類の愚かさや偶然の悪意を好んで描くブラックバーンの視線はむしろシニカルであり、無駄のない引き締まった語り口はホイートリーには望むべくもない。また、ホラーといってもホイートリーが黒魔術を専門にしていたのに対し、ブラックバーンは微生物や生体実験などのバイオSF系の題材を得意としていた。ブラックバーンは大胆な改革者ではないが手堅い改善者であり、単に先行作品を模倣するのではなく自分なりの持ち味も盛り込んでいたのだ。

 ブラックバーンが排したホイートリーのお気楽な魔術的闘争は、『タイタス・クロウの事件簿』[bk1][Amazon]と『地を穿つ魔』[bk1][Amazon]が邦訳されているブライアン・ラムレイの《タイタス・クロウ》シリーズに受け継がれているように思う。ホラーというにはあまりにも無邪気なこのシリーズのイギリスでの人気も、ホイートリーの存在を念頭におくことで理解しやすくなる。また善玉グループが悪を倒す黒魔術小説シリーズとしては、まだ邦訳の機会に恵まれないピーター・サクソンの《ガーディアンズ》シリーズなどもホイートリーの影響下にありそうだ。しかし、ホイートリーの作品のみでこうした英国産ホラー・サスペンスの流れをすべてを了解した気になるのはまだ早いかもしれない。ホイートリーが範としたというサスペンス作家ジョン・バカンや、日本では《フー・マンチュー》シリーズのみで知られているサックス・ローマーもサスペンス仕立ての超自然小説を書いているのだが、どちらもまだ日本語で読むことはできない。というより、そもそも海外ホラーの邦訳はモダンホラー以前についてはひどく短篇に偏っており、長篇はほとんど手付かずのまま放置されているといっても過言ではないのだ。古い怪奇長篇なんてそう売れるはずもなく、あきらめて原書を読むしかないのは判っているのだけど、もう少し何とかならないもんでしょうかねえ。

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