« 怪談専門誌『幽』第6号 | トップページ | 『硫黄島からの手紙』 »

2006/12/23

ジョン・ブラックバーン再説(その1)

 先ごろ論創社より邦訳されたジョン・ブラックバーンの長篇『闇に葬れ』がなかなか楽しかったので、創元推理文庫で既訳の3作『薔薇の環』『リマから来た男』『小人たちがこわいので』もその後続けて読んでみた。『小人たちがこわいので』は20数年ぶりの再読で、『薔薇の環』と『リマから来た男』は買ったまま積読だったもの。このように扱いに差が出てしまったのは、『小人たちがこわいので』はホラーだが『薔薇の環』『リマから来た男』はサスペンス・スリラーだと聞いていたからである……この偏食ばかりは如何ともしがたい……。で、実際に読んでみると確かにその通りだったが、どれもそれなりにおもしろかった。

 この3冊は実は、同じキャラクターたちが主人公格で活躍する。ホロコーストを生き延びイギリスに帰化したユダヤ人医学者マーカス・レヴィン卿と、その妻で元はロシア内務省幹部の秘書兼ボディガードだったタニア、イギリス外務省情報部長カーク将軍の3人である。『小人たちがこわいので』の訳者菊池光氏の後書きによると、ブラックバーンの小説には「夫妻だけ、将軍だけ、あるいは三人ともに登場する作品がかなりあって、いわば一種のシリーズをなして」いるとのこと。これら3冊は原書の刊行順だと『薔薇の環』(1965)、『リマから来た男』(1968)、『小人たちがこわいので』(1972)となるのだが、邦訳はいちばん後の『小人たちがこわいので』が先行し、『薔薇の環』『リマから来た男』が続く格好になった。恐らくは、『小人たちがこわいので』がブラックバーンの代表作の一つとされることが多いので、まずそれを紹介しようとしたのだろう。

『薔薇の環』では、冷戦の狭間に起きた怪事件と、マーカスとタニアが出会い結ばれる過程が描かれている。東ドイツを通過中の列車から、在西ベルリンイギリス陸軍通信隊に所属する中佐の息子が、忽然と姿を消す。少年はなぜか西ベルリン市街を独り彷徨っているところを発見されるのだが、彼は異常なほど症状の進行が早い強力なペスト菌に感染しており、鉄のカーテンの両側で病禍が蔓延していく。この奇怪なペスト菌の発生源を探るためにマーカスとカークは東ドイツに入り、東側はタニアを彼らの案内役に任ずるのである。架空のペスト菌や、その起源に中世の遺跡と呪いの民間伝承が絡むといった伝奇的な趣向はあるものの、本書には超自然やSF的な要素はなく、純然たるサスペンス小説である。

『リマから来た男』では、イギリスの対外協力相を暗殺した男の死体を調査したマーカスが、宿主を異常な興奮状態にする謎の微生物を発見する。同様の暗殺事件が世界各地で続き、被害者の誰もが南米のある共和国に関わっていることが判明、マーカス夫妻とカーク将軍は真相究明のために現地に飛び、政情不安定な共和国の裏面で暗躍する謎の結社と対決することになるのである。この小説ではカギとなる微生物の起源について、あるSF的な発想の仄めかしがあるのだが、決定的な解明には至らないため、結末でかすかに不安な余韻を残すといった程度の効果に終わっている。ジャンルミックスとまではいかず、一風変わったサスペンス小説というのが妥当な評価だろう。

『小人たちがこわいので』は、邦訳されたブラックバーンの4長篇のうち、彼の特徴とよく言われるジャンルミックス性にもっとも富む作品と言えるだろう。本書は古代の宗教儀式の悪夢に繰り返し悩まされ続けた男の自殺と、工場の廃液が原因と思しき魚や鳥の大量死という2つの事件が、北ウェールズの民間伝承で恐れられてきた倭人族の逆襲という超自然的な解明で決着していくという、本格派のホラーである。ところが、この倭人族が仲間を呼び寄せるためにジェット飛行機のエンジン音に彼らの儀式の音楽を潜ませたり人類殲滅のために微生物を散布するとかいった、至って現世的な謀略の手段を用いているために、『薔薇の環』『リマから来た男』と同質のサスペンス小説としての味わいも濃いのである。こうしたサスペンス小説的な要素の混入はマーカス卿やカーク将軍たちを活躍させるためには不可欠であり、キャラクター小説の枠内でホラーを書こうとした結果のようにも思われるのだが、ともかく本書がホラーを軸としたジャンルミックス小説なのは間違いない。

 3冊の中では、容易に先が読めぬおもしろさで『小人たちがこわいので』がやはり傑出しており、そういう意味ではこれをまず邦訳した創元推理文庫の判断は正しかったと言える。しかし、『薔薇の環』を飛ばしていきなり『小人たちがこわいので』を読むと、元東側エージェントの主婦というタニアの特殊なキャラクターが突飛に感じられてしまうといったような、シリーズ物を途中から読むことによる違和感はやはりある。どれか1冊だけ読んでみるなら『小人たちがこわいので』がベストだろうが、もしもこれから3冊すべてを読む気があるなら、ぜひとも原書の刊行順に読むことをお勧めする。

 これら3冊を通読していくと、ブラックバーンはある英国人作家の影響を強く受けているのではないかという気がしてきた。日本では『黒魔団』を始めとしたオカルト・スリラーで知られている、デニス・ホイートリーその人である。しかしながら、このことを論ずるにはさらにかなりの字数を要するので、ひとまずここで区切りとする。

「ジョン・ブラックバーン再説(その2)」に続く(たぶん来年……)。

|

« 怪談専門誌『幽』第6号 | トップページ | 『硫黄島からの手紙』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73976/13173345

この記事へのトラックバック一覧です: ジョン・ブラックバーン再説(その1):

« 怪談専門誌『幽』第6号 | トップページ | 『硫黄島からの手紙』 »