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2005/07/17

『宇宙戦争』参戦記

 長男、次男、妻と私の親子4人で『宇宙戦争』を見に行った。かなり刺激が強いと聞いていたので、幼稚園児の三男は祖父ちゃん祖母ちゃんとお留守番。うん、お留守番で正解でした。もう聞きしに勝るえげつなさ。

 1953年に公開された旧映画版『宇宙戦争』では、結局敵わないとはいえアメリカ軍と火星軍との戦争映画風な攻防もあるし、人類が破滅の淵に追いやられるといってもある種抒情的な描写だったのだが、今回のリメイクはただひたすら阿鼻叫喚。火星人の戦闘機械が発する怪光線を浴びた人々が一瞬で焼き尽くされ灰になっていくのは序の口で、世界最強のアメリカ軍はまともな抵抗すらほとんどできないわ、捕まった者は火星植物の肥やしにするために文字通り血の雨にされて降り巻かれるわで、誰も彼もキャーキャーヒーヒー泣きわめきながら逃げ回るばかり。統率の取れていない避難民はエゴを剥き出しにしていがみ合い、ついには殺生沙汰になったりと、追い詰められた人間の浅ましさをこれでもかとばかりに見せつける。

この地獄絵図の最中を、無教養なブルーカラーであるために中産階級出身の妻と子供たちに去られたダメ親父のトム・クルーズが、文字通り体を張って息子と娘を守り抜き、妻の実家へ辿り着こうとする。それは彼が無教養なブルーカラーだからこそ可能なのだが、その果てに待っているのは……いやもう、実に監督の人柄がしのばれる映画だったとだけ言っておきましょう。

<戦争>自体の決着については、まったく原作のままで変更無し。だけど、主人公が戦争の帰趨とはまったく絡みようのないキャラクターなので、描写としては原作や旧映画版と較べてもよりいっそう唐突であっけなくなっており、そこを不満に思う観客は少なくないようだ。しかし、原作や旧映画版では指導者的地位にあるインテリだった主人公の設定をわざわざ変更したことから察するに、スピルバーグはそっちの方にはぜんぜん関心が無くて、突然降りかかった災厄で極限状態に突き落とされた人間の姿を描きたかっただけなんでしょうなあ。そしてその限りでは、この映画はこの上なく見事に成功してるのだから、これは安全に地獄を体験できるアミューズメント・パーク的映画と割り切って、素直に悲鳴を上げながら観ないと損なのではないだろうか。

 それと、旧映画版に較べて戦争映画的な楽しみこそ減じているものの、怪獣映画的な興奮はかなりなものになっていることも付け加えておきたい。大予算を投じて撮影された破壊シーンの凄まじさは、古今無双と言っていいほどの完成度である。大地を割って巨大な姿を現し、ブォォォンと汽笛のような雄叫び(?)を挙げつつ三本足でのし歩き、地球人を蹂躙しまくる火星の戦闘機械トライポッドの格好良いこと!!! この映画の最大の難点は、この素晴らしいキャラクターを商品化しなかったことだと断言しよう。いや、お願いだから、今からでもどっかで商品化してくださいよう。

 大人が観ても激しい映画だったので、長男(中一)と次男(小五)の反応がちょっと心配だったのだけど、予習のために見せた旧映画版を「退屈」の一言で切り捨てた二人(ああジェネレーションギャップ……)は、「おもしろかった」「これぐらいなら平気」とのこと。とりあえず「父ちゃんにあそこまで期待するなよ」とは、言っておきましたです。

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