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2005/01/15

『来るべき世界』とアーサー・ブリス

 1月9日のえべっさん詣でから帰ると、Amazonから荷物が届いていた。中身はというと、1936年にイギリスで公開されたSF映画『来るべき世界』で音楽を担当したアーサー・ブリスの映画音楽集CD"The Film Music of Sir Arthur Bliss"(Chandos Records)[Amazon]。昨年末に発売されたDVDソフト『来るべき世界Things To Come』(紀伊國屋書店)[Amazon]で初めてこの映画を観て、いたく感銘を受けたのである。

 『来るべき世界』は、H・G・ウェルズの原作・脚本を巨額の制作費を投じて映像化した大作で、後代のSF映画における未来都市造形のお手本となったいう扱いはされているが、実際にちゃんと観ている人は少ないのではないだろうか? ネットを検索しても、具体的な感想や紹介はあまり多くはないようだ。

 時代設定は1940年、英国内の架空の都市エヴリタウンが、戦争に巻き込まれていく描写から映画は始まる。第一次大戦の記憶がまだ生々しく、かつナチの台頭により次の戦争を予感せずにはいられないという時代に作られただけあって、一見平和な都市に戦争の影が忍び寄ってくる緊張感はかなりのもの。ある夜、ついに敵機の大編隊が来襲、猛烈な爆撃にエヴリタウンは壊滅してしまう。映画公開の4年後、奇しくも映画の設定と同じ年に英国は実際にナチの空爆に晒されたわけだが、この映画を観ていた人々は映画の悪夢が現実になる光景を目の当たりにして、いったいどのような気持ちだっただろうか。

 この後、戦火は世界中に拡大していくわけだが、この映画で描かれる「来るべき大戦」は第二次大戦後のわれわれが抱くイメージとは違って、核兵器ではなくガス兵器と生物兵器による疫病であり、瞬時壊滅ではなく果てしない持久戦なのである。実物の兵器とこの映画のためにデザインされたミニチュアの兵器が入り混じる戦闘シーンは、今日の目で見ると技術的にはまだまだ未熟だが、不思議な生々しさがあっておもしろい。

 長年に亘る戦乱により文明社会は崩壊の危機に晒されるが、1970年には秘かに力を蓄えていた技術者集団の結社が世界統一に乗り出し、秩序を再建していく。世界中が中世のような封建社会に退行しようとしているというのに、パルプマガジンそのままの奇抜なデザインの飛行メカとぴちぴちスーツの操縦士がいきなり現れるのにはびっくり。ちょっと無理があるような……でも、エヴリタウンを牛耳る悪者領主を討伐する大空挺作戦が楽しいから許そう(笑)。巨大な作業機械が恐竜さながらに這い回り、エヴリタウンが新たな文明の中心である壮麗な地下都市として再建されていく一大特撮ショーは、息を呑む迫力である。恐らく、『サンダーバード』のメカや『妖星ゴラス』の南極基地建設のイメージは、このシーンの多大な影響を受けているのではないだろうか。

 こうして21世紀に人類は理想郷を実現するのだが、衣食が足りるとまた別の悩みが出てくるのが世の常。映画の公開時からちょうど100年後の2036年、進歩と合理的精神を無批判に是とする技術者たちの専横を快く思わない一派が台頭し、またもや不穏な雰囲気に。ついには、進歩の象徴というべき月探検宇宙船の発射を力づくで止めようする暴徒が発射台に押し寄せる騒ぎになるが、指導者側は彼らを発射の衝撃に巻き込んでもなお、打ち上げを強行する。この宇宙船が、自力推進のロケットではなく巨大な大砲で打ち上げるという形式のもの。映画の制作当時でも少々時代遅れの発想だったらしいが、そこがまた趣がある。小さな光点となって広大な宇宙を行く月探検船を仰ぎつつ、人間はとどまるべきではないという指導者の宣言で、映画は幕となる。

 見終わると、実際には89分の映画なのにもかかわらず、内容の濃さゆえに2時間超の大作を観たような充実感がある。科学技術礼賛で終わるラストに不満を感じる向きもあろうが、ウェルズの構想ではこの後さらに、芸術家が活躍する人類の真の成熟時代が描かれるはずだったという。とはいえ、特定のキャラクターに張り付くのではなく文明全体の動きを鳥瞰しようとする視野の広さは、現代の映画産業には望みようもないものであり、やはり後世に残る名作というべきだろう。

 そして、この映画の壮大なスケール感の一翼を担っているのが、アーサー・ブリスの音楽である。イギリス現代音楽の代表的な作曲家の一人でありながら一部の現代音楽に見られる非人間的な傾向は嫌ったというブリスのスコアは、正攻法の管弦楽のスタイルを堅持しており、情感豊かで非常に格調高い。

 時代的にもマックス・スタイナーの『キング・コング』のスコア[Amazon]と並ぶSF映画音楽の古典と言えるが、あくまで効用音楽に徹している感のあるスタイナーの『キング・コング』と較べると、ブリスの『来るべき世界』は音楽の自律性を重く見ているようで、より純音楽に近い印象を受ける。ブリスに惚れ込んだウェルズが、映画本編の制作よりも作曲を先行させたせいもあるのだろうが……。先に録音された音楽に合わせて映像を編集したという地下都市の建設シーンは、冒頭の演説以外はセリフも効果音も一切無しに映像と音楽だけで新たな文明の誕生を雄弁に描ききっており、見どころの多いこの映画でも屈指の名場面となっている。

『来るべき世界』のスコアはブリス自身によって組曲化され、映画公開に先だってコンサートで演奏されたり、公開に併せてサントラ盤も発売され、大いに評判になったという。組曲版はブリス自身の再アレンジの他、バーナード・ハーマンら別の作曲家が手掛けたものなどいくつかのバージョンがあるらしい。"The Film Music of Sir Arthur Bliss"には、『来るべき世界』の音楽が全11曲トータル約32分収録されているが、これはそれらの組曲ではなく、楽譜が失われているという映画に使われた音楽の復元を試みたものだそうだ。そのうち組曲版のCDも入手したいと考えている。

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