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2005年1月の記事

2005/01/28

購書備忘録2005その6

 bk1より、倉阪鬼一郎『冥い天使のための音楽』とフィリップ・K・ディック『ドクター・ブラッドマネー―博士の血の贖い―』が届く。

 倉阪鬼一郎『冥い天使のための音楽』(原書房)[bk1][Amazon]は、帯によると「妖美な旋律 戦慄の仕掛けが交錯する長編本格ゴシック・ミステリー」とのこと。これまでの倉阪本の例に漏れずたいへん美しい装丁の本なのに、旋律と戦慄ってこれまたベタな……まあ、ある意味、これまででいちばん著者の作風を的確に伝えた惹句かも知れないけど。ゴシックだろうがミステリーだろうが、何よりもまず「クラサカ小説」になっているはずだが、まさかそんなこと書くわけにもいかないしね。

 フィリップ・K・ディック『ドクター・ブラッドマネー―博士の血の贖い―』(創元推理文庫)[bk1][Amazon]
は、サンリオSF文庫版を持っているので買い控えていたのだが、新訳と判ったので購入したもの。実はサンリオ版も十数年前に入手していながら、まだ読んでいなかったりするのである。さて、どちらから読もうか?

 読んでいないのに決めつけてはいけないのだけど、邦題はサンリオ版の『ブラッドマネー博士』の方が、ディックぽくて馴染みやすい感じがする。

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2005/01/24

購書備忘録2005その5

 仕事の出先の書店で、『〈歴史群像〉太平洋戦史シリーズ41・世界の戦艦』(学習研究社)[Amazon]を買う。近代型戦艦の誕生から終焉までを概観できる図解ムック本。歴史群像シリーズの兵器図解は日本軍のものばかりかと思っていたけど、こんなのも出てたんですな。奥付によると2003年5月に発行されているが、ぜんぜん知らなかった。
 今となっては完全に過去の遺物ではあるけれど、やっぱり戦艦は美しい。いや、滅んだものだからこそ、美しいというべきか。馬鹿馬鹿しいまでの壮大さが、胸を打つのである。本書は図版・写真が豊富で、いくら眺めていても飽きない。最近のこの手の本はカラーCG画像が売りの一つになっているのだが、本書の場合、設計が奇抜すぎて実際には建造されなかった異形の戦艦の想像画があれこれ載っているのがまた楽しい。

 帰宅するとbk1から、H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集7』と、パトリシア・ハイスミス『回転する世界の静止点』が届いていた。

H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集7』(創元推理文庫)[bk1][Amazon]は同全集の最終巻で、短篇13篇と初期作品、断片、夢に関する書簡を収めている。2巻本だった『ラヴクラフト傑作集』が、第3巻の発行により全集に切り替わってから実に21年。訳者大瀧啓裕氏の執念には、お世辞抜きで頭が下がる。
 収録作を確認して、評論『文学における超自然的恐怖』が入っていないのには少々がっかりしたのだが、訳者あとがきによると補巻として詩や評論もいつか出したいと考えているとのこと。信じていいのだろうか? この巻も落ち穂拾い的になってしまってかなり地味めだけど(傑作集から全集に切り替わったしわ寄せが来ている)、詩や評論を独立させて売るとなると、セールス的にはますますきびしいはず。ホラー評論の基本中の基本というべき「文学における超自然的恐怖」ぐらいは、早く文庫でも読めるようになって欲しいんだけどなあ。

パトリシア・ハイスミス『回転する世界の静止点』(河出書房新社)[bk1][Amazon]は、1938年から1949年までに執筆された全14篇を収録している初期短篇集で、半数は未発表作とのこと。意外なことに、本書には収録作の書誌データの他は解説がない。訳者あとがきも何も無しで、ちょっと寂しいような。まあ、作者のことをぜんぜん知らない読者が買うような本ではないかも知れない。

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2005/01/23

不快だが魅力的『角の生えた男』

ジェイムズ・ラスダン『角の生えた男』(DHC)[bk1][Amazon]は、読む前に予想していたのとはかなり違ったけれど、なかなか読み応えがあった。帯や解説で引き合いに出されているカフカ的な不条理小説ではなく、書名の『角の生えた男』のイメージを核に全体が緊密に構成された、むしろ理に適った小説だったのだ。

 主人公は、ニューヨーク近郊の大学に勤めるイギリス人講師。ある日彼は、自分の研究室の蔵書に挟んでいたしおりが、記憶と違う箇所に移動しているのに気づいた。数日後、今度は覚えのない通話記録が記載された電話料金の請求書が届く。何者かが研究室に忍び込んでいるのではないか? 彼はその背後に、自分が着任する以前、生徒に対するセクシャル・ハラスメントで解雇されたという粗暴なブルガリア人講師ツルミルチクの影を感じ、真相を突き止めようとする。

 ──と、導入こそ推理小説的なものの、謎の答えは早くも第2章あたりでおおよそ見当が付いてしまうようになっている。あとは、その予想が最悪というべき形ではっきりしていくばかりなのである。しかしながら、主人公の過去の回想と現在の探索行とが交錯しつつ語られるうちにイギリスとアメリカの社会がそれぞれ抱えている病が浮き彫りにされ、そこへ古典文学や中世の薬学、神話・伝承のモチーフが巧みに織り込まれることによって、次第に彼が書名の通り「角」を持ち「角」に翻弄されている男であることが明らかになっていく過程には別種のスリルがあり、精緻な語りの仕掛けに感心させられた。この「角」が何を意味するかは、本書を実際に読んでみていただきたいのだが、大胆に幻想の側に踏み出している結末をどう解釈するかは意見が分かれそうだ。

 また、もともと人間は矛盾と弱さを抱えた存在だということが本書の主題の一つなのだが、あまりにもそれが生々しくリアルに描かれているので、とことんダメ人間な主人公に感情移入するのはかなり難しいかも知れない。特に、女性へのセクシャル・ハラスメントと暴力を絡めているため、どうしても嫌悪感を抱く読者もあるだろう。そして逆に感情移入できる読者にとっては、痛々し過ぎて読みづらいのではなかろうか。だが、恐らくそうした読者側の拒否反応も、著者は狙って書いているはずだ。実に嫌な、そして魅力的な小説である。

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2005/01/18

購書備忘録2005その4

 bk1より、スタンリイ・エリン『最後の一壜』、野村宏平『ミステリーファンのための古書店ガイド』が届く。

 スタンリイ・エリン『最後の一壜』(ハヤカワミステリ)[bk1][Amazon]は、お懐かしや<異色作家短篇集>第2巻『特別料理』の作者の第三短篇集──第二短篇集も邦訳されているんですか、ちっとも知らなかった。本書は巻末解説(仁賀克雄)によると、初期短篇に較べて「意外性の重視よりも推理や捜査を主にした本格推理小説の構成になっている」そうである。

 野村宏平『ミステリーファンのための古書店ガイド』(光文社文庫)[bk1][Amazon]は、ほぼ全国規模の実地踏査に基づいた古書店ガイドで、著者の熱意には頭が下がる。ただ、それだけに完全網羅とは行かないので、そのつもりで使う必要がある。それと、この本でお勧め扱いの店は、公開されちゃったのだからもう穴場ではないわけだ(笑)。優良古書店情報は、これだけネットでの情報交換が普及したにもかかわらず、親しい者同士の口コミ以外ではなかなか伝わらない。古書マニアたるもの、自分の狩り場を荒らされたくないという気持ちは、誰しもあるからだ。それだけに本書は、不慣れな土地への旅行のお供もしくは古書入門者向けのガイドとしては重宝するだろう。

 プロフィールを見るまで気が付かなかったのだが、著者の野村宏平氏は、あの『ゴジラマガジン』(勁文社)を作ってた人だったんですね。何かと変わった雑誌だなあと思いつつ買い続けて、今でも揃いで持ってるのだった。

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2005/01/15

『来るべき世界』とアーサー・ブリス

 1月9日のえべっさん詣でから帰ると、Amazonから荷物が届いていた。中身はというと、1936年にイギリスで公開されたSF映画『来るべき世界』で音楽を担当したアーサー・ブリスの映画音楽集CD"The Film Music of Sir Arthur Bliss"(Chandos Records)[Amazon]。昨年末に発売されたDVDソフト『来るべき世界Things To Come』(紀伊國屋書店)[Amazon]で初めてこの映画を観て、いたく感銘を受けたのである。

 『来るべき世界』は、H・G・ウェルズの原作・脚本を巨額の制作費を投じて映像化した大作で、後代のSF映画における未来都市造形のお手本となったいう扱いはされているが、実際にちゃんと観ている人は少ないのではないだろうか? ネットを検索しても、具体的な感想や紹介はあまり多くはないようだ。

 時代設定は1940年、英国内の架空の都市エヴリタウンが、戦争に巻き込まれていく描写から映画は始まる。第一次大戦の記憶がまだ生々しく、かつナチの台頭により次の戦争を予感せずにはいられないという時代に作られただけあって、一見平和な都市に戦争の影が忍び寄ってくる緊張感はかなりのもの。ある夜、ついに敵機の大編隊が来襲、猛烈な爆撃にエヴリタウンは壊滅してしまう。映画公開の4年後、奇しくも映画の設定と同じ年に英国は実際にナチの空爆に晒されたわけだが、この映画を観ていた人々は映画の悪夢が現実になる光景を目の当たりにして、いったいどのような気持ちだっただろうか。

 この後、戦火は世界中に拡大していくわけだが、この映画で描かれる「来るべき大戦」は第二次大戦後のわれわれが抱くイメージとは違って、核兵器ではなくガス兵器と生物兵器による疫病であり、瞬時壊滅ではなく果てしない持久戦なのである。実物の兵器とこの映画のためにデザインされたミニチュアの兵器が入り混じる戦闘シーンは、今日の目で見ると技術的にはまだまだ未熟だが、不思議な生々しさがあっておもしろい。

 長年に亘る戦乱により文明社会は崩壊の危機に晒されるが、1970年には秘かに力を蓄えていた技術者集団の結社が世界統一に乗り出し、秩序を再建していく。世界中が中世のような封建社会に退行しようとしているというのに、パルプマガジンそのままの奇抜なデザインの飛行メカとぴちぴちスーツの操縦士がいきなり現れるのにはびっくり。ちょっと無理があるような……でも、エヴリタウンを牛耳る悪者領主を討伐する大空挺作戦が楽しいから許そう(笑)。巨大な作業機械が恐竜さながらに這い回り、エヴリタウンが新たな文明の中心である壮麗な地下都市として再建されていく一大特撮ショーは、息を呑む迫力である。恐らく、『サンダーバード』のメカや『妖星ゴラス』の南極基地建設のイメージは、このシーンの多大な影響を受けているのではないだろうか。

 こうして21世紀に人類は理想郷を実現するのだが、衣食が足りるとまた別の悩みが出てくるのが世の常。映画の公開時からちょうど100年後の2036年、進歩と合理的精神を無批判に是とする技術者たちの専横を快く思わない一派が台頭し、またもや不穏な雰囲気に。ついには、進歩の象徴というべき月探検宇宙船の発射を力づくで止めようする暴徒が発射台に押し寄せる騒ぎになるが、指導者側は彼らを発射の衝撃に巻き込んでもなお、打ち上げを強行する。この宇宙船が、自力推進のロケットではなく巨大な大砲で打ち上げるという形式のもの。映画の制作当時でも少々時代遅れの発想だったらしいが、そこがまた趣がある。小さな光点となって広大な宇宙を行く月探検船を仰ぎつつ、人間はとどまるべきではないという指導者の宣言で、映画は幕となる。

 見終わると、実際には89分の映画なのにもかかわらず、内容の濃さゆえに2時間超の大作を観たような充実感がある。科学技術礼賛で終わるラストに不満を感じる向きもあろうが、ウェルズの構想ではこの後さらに、芸術家が活躍する人類の真の成熟時代が描かれるはずだったという。とはいえ、特定のキャラクターに張り付くのではなく文明全体の動きを鳥瞰しようとする視野の広さは、現代の映画産業には望みようもないものであり、やはり後世に残る名作というべきだろう。

 そして、この映画の壮大なスケール感の一翼を担っているのが、アーサー・ブリスの音楽である。イギリス現代音楽の代表的な作曲家の一人でありながら一部の現代音楽に見られる非人間的な傾向は嫌ったというブリスのスコアは、正攻法の管弦楽のスタイルを堅持しており、情感豊かで非常に格調高い。

 時代的にもマックス・スタイナーの『キング・コング』のスコア[Amazon]と並ぶSF映画音楽の古典と言えるが、あくまで効用音楽に徹している感のあるスタイナーの『キング・コング』と較べると、ブリスの『来るべき世界』は音楽の自律性を重く見ているようで、より純音楽に近い印象を受ける。ブリスに惚れ込んだウェルズが、映画本編の制作よりも作曲を先行させたせいもあるのだろうが……。先に録音された音楽に合わせて映像を編集したという地下都市の建設シーンは、冒頭の演説以外はセリフも効果音も一切無しに映像と音楽だけで新たな文明の誕生を雄弁に描ききっており、見どころの多いこの映画でも屈指の名場面となっている。

『来るべき世界』のスコアはブリス自身によって組曲化され、映画公開に先だってコンサートで演奏されたり、公開に併せてサントラ盤も発売され、大いに評判になったという。組曲版はブリス自身の再アレンジの他、バーナード・ハーマンら別の作曲家が手掛けたものなどいくつかのバージョンがあるらしい。"The Film Music of Sir Arthur Bliss"には、『来るべき世界』の音楽が全11曲トータル約32分収録されているが、これはそれらの組曲ではなく、楽譜が失われているという映画に使われた音楽の復元を試みたものだそうだ。そのうち組曲版のCDも入手したいと考えている。

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2005/01/09

購書備忘録2005その3(含DVDソフト1枚)

 親子5人揃って今宮戎神社に詣でた。屋台の列を冷やかしながら歩いていくと難波に至る。難波には古本屋がある。まったく寄らないわけには参りません。ということで、子供3人を妻に託し、まずは屋台の列の背後に隠れている1軒目に突入。

 あまり長く待たせられないので超特急で棚を漁り、Daphne du Maurier"The Prasaite"(Penguin)”The Complete Novels and Selected Tales of Nathaniel Hawthorne"(Modern Library)を購入。どちらも刊年がよく分からない。装丁や本のコンディションから察するに、前者は1970~80年代ぐらい、後者は1950~60年代ぐらいではないかと思う。

 ダフネ・デュ・モーリアの方は、多重人格もののスリラーらしい。デュ・モーリアは邦訳が多いので、ひょっとしてこれもという心配はあったが、迷っている暇はないし200円だしでえいや!と買ってしまった。買い逃して後悔するよりは抱え込んで後悔する方がまし、というのは古本ショッピングの鉄則ですからな。

 ナサニエル・ホーソンの方は、書名通りのもの。ここしばらく、19世紀の英語圏のnovelでの超自然の扱われ方が気になっていて、翻訳があるものでも原文を手元に置いておきたかったのだ(ちなみにホーソンは、怪奇な題材を好みながらもnovelで超自然を扱うこと対しては慎重派だったと言われる)。もちろん、ホーソンなんて無料の電子テキストでいくらでも原文を入手できるのだが、やっぱり紙の本もないと不便なことが多いし、たった500円だからと買ってしまう。

 昼食を済ませてから、ブックオフでE・P・ホイト『空母ガムビアベイ』と鶴田謙二『スピリット・オブ・ワンダー』、DVDソフト『エンティティー/霊体』を買う。ブックオフは子連れで入ってもさほど気にならないのが嬉しい。

 E・P・ホイト『空母ガムビアベイ』(学研M文庫)[bk1][Amazon]は、日本ではあの戦艦大和に撃沈された唯一の敵艦として知られるアメリカ海軍の軽空母の生涯を描いたドキュメント。米軍としても、砲戦で撃沈された空母はこれ一隻だけだとか。そりゃそうだろうなあ。不運としかいいようがない。

 鶴田謙二『スピリット・オブ・ワンダー』(講談社モーニングKCDX)[bk1][Amazon]は、同じ著者の同じ書名のコミックを買って読んだ記憶がある……でも、こんな分厚い本じゃなかったし、刊年も記憶より10年は新しい……と迷ったが今度も鉄則に従い購入。コミックには疎いので、いざ買おうとすると知識不足で困ることが多い。

『エンティティー/霊体』(20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン)[Amazon]は、美人妻が夜な夜な邪な霊に犯されるというホラー映画。フランク・デ・フェリータが実話に基づき書いた原作の映画化とのことだが、原作の方は邦訳もなくアメリカでも絶版のようだ。どんな話かは知っていたが、まだ観たことがなかった。特によいとかいう評判も聞かないが、たった600円ですもの、買いますよ。
 それと実は、ジョン・A・キールが言うところの「寝室の侵入者」が以前から気になっていて、ぽつぽつ資料を集めてもいるのである。何のことやら判らない方は、キールの『不思議現象ファイル』(ボーダーランド文庫)[bk1][Amazon]とかを参照。これ大陸書房版だと、『四次元から来た怪獣』ですな。キールについて手っ取り早く参考になるのは、モスマンの話題が主だけどこことか。

 難波には、古書店ばかりでなく新刊書店もある。難波CITYの旭屋書店で、『本の雑誌』1月号と、『ユリイカ』1月号を購入。

『本の雑誌』1月号(本の雑誌社)[bk1][Amazon]はふだんはほとんど買っていないのだが、『幻想文学』でお世話になった石堂藍さんが時評欄に登板したと聞いたので。もうそろそろ2月号が出るころなのに、自宅の近所の書店にはぜんぜん置いていなくて立ち読みもできなかったのだ。石堂さん何となく肩に力が入っているような……もうちょっと砕けた感じの方が、雑誌全体の雰囲気に合うのではないかと思う。

『ユリイカ』1月号(青土社)[bk1][Amazon]は、「翻訳作法」特集。海外文学の邦訳をある程度読み込んでいくと、翻訳という問題に無関心ではいられない。特集以外に、柏倉康夫がマラルメと『ヴァテック』の関わりについて書いている。

 さて、帰宅してからチェックしてみると、デュ・モーリアの"The Prasaite"は、やはり邦訳されていたことが判った。『愛の秘密』(三笠書房)だそうです。しかも、古書としてさほど入手困難ではないみたい。鶴田謙二『スピリット・オブ・ワンダー』の方は、私が持っていたのはやはり旧版だった。一勝一敗。

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2005/01/07

購書備忘録2005その2

 bk1より、ジェイムズ・ラスダン『角の生えた男』、デイヴィッド・ロッジ『作者を出せ!』、『てれびくんデラックス愛蔵版・ゴジラファイナルウォーズ超全集』が届く。

 ジェイムズ・ラスダン『角の生えた男』(DHC)[bk1][Amazon]は2003年に出ていた本で、新刊紹介で気になってはいたがそのまま忘れていたもの。ニューヨーク郊外に住む英国人大学講師が、蔵書のしおりの位置が変わっていたのに気づいたのをきっかけに、妄想と現実が入り混じる不条理な謎のただ中を彷徨うという小説。帯や解説には、ボルヘスやカフカが引き合いに出されている。

 デイヴィッド・ロッジ『作者を出せ!』(白水社)[bk1][Amazon]は、『ねじの回転』で名高い作家ヘンリー・ジェイムズを主人公に、彼の中年から晩年を描いた小説。著者ロッジの名は以前から聞き知ってはいたが、作品はまだ読んだことがない。

『てれびくんデラックス愛蔵版・ゴジラファイナルウォーズ超全集』(小学館)[bk1][Amazon]は、まあ書名の通りの本です(笑)。このシリーズは、造形物の資料としては類書の追随を許さない一級品なので、たとえ映画が気に入らなくても買うようにしている(この映画は、「笑って許す」という感じだった)。三男に触られると瞬く間にボロボロにされてしまうので、見つからないように保管しておかないと。

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2005/01/05

超人バロム1・単純さの力

 夕食後に家族で『超人バロム1』DVDソフトVOL.1[Amazon]の第9、10話を鑑賞した。三男の幼稚園のお母さんたちの間でバカ受けし、又貸しで巡回しているのを妻が借りてきたもので、去年の暮れから掛かってようやくVOL.1の全10話を見終わった。

 バロム1を見るのは本放送以来約30年ぶり、再放送でも20年ぶりぐらいになる。本放送時には私の周りの子供はみんな見ていたので、かなりの人気番組だと思っていたが、物の本によると視聴率はそれほど高くなかったらしい。ちょっと意外である。妻も見ていたというし、幼稚園のお母様方も同世代なら見ていたようなのだけど、関西でだけ人気だったのだろうか?

 ともあれ、今見ても充分に楽しめる出来で、子供たちにもまずまず好評のようだった(親ほど熱心に見てはいなかったが……)。

 この番組の最大の強みは、迷いがないことだろう。ドルゲは絶対悪だし、それに対抗するバロム1は絶対善。焦点はドルゲがいかなる謀みを仕組むか、バロム1がいかにそれを打ち破るかであって、そこから脱線することが決してない。このシンプルな構造に徹しているために、ドラマ全体が非常に力強いのである。今見ると特撮はチャチだし善も悪も極端にデフォルメされた描かれ方で、失笑を禁じ得ないのは確かだ。しかし、それでもなおバロム1のかっこよさ、ドルゲと配下の魔人たちのおぞましさは、そのひたぶるさゆえに胸に迫るものがある。いたずらに話を複雑にして高尚ぶる最近のヒーロー番組とは対極にあると言えよう。

 もう一つ最近のヒーローと根本的に違うのが、どこまでも体力勝負な戦いぶりであって、飛び道具を使わないといったドラマ上の設定だけではなく、撮影の現場でも特撮というより生身のスタントが主体となっている。CGはもちろんのこと、合成もワイヤーもほとんどない。せいぜいトランポリンを使う程度で、生身の人間が跳び、格闘するのである。重力の制約に抗いつつ肉体がぶつかり合う様は、泥臭いものの最近の特撮には求めようもない重量感に満ちた迫力がある。

 単純さの力というものに、改めて感じ入った。

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2005/01/03

購書備忘録2005その1(今年の古本始め)

 2日から3日にかけて、家族全員で妻の実家に泊まりに行った。そこでの子供たちの楽しみの一つが、駅前の「古本市場」。子供たちの目当てはゲームだが、とうぜん父も同伴し、今年の古本始めとなった。収穫は、マルキ・ド・サド『ジュスチーヌもしくは美徳の不幸』(岩波文庫)[bk1][Amazon]渡邊昌美『中世の奇蹟と幻想』(岩波新書)

『美徳の不幸』にはバージョンが3つあるそうで、この岩波文庫は2番目のもの。私が15年以上前に澁澤龍彦の訳で読んだ1番目のバージョンと較べると、倍ぐらいの分量があるようだ。『中世の奇蹟と幻想』は、聖者伝や奇蹟録を読むことでヨーロッパ中世の庶民の心性を追っているエッセイ風の読み物。

 さすがに妻の実家でサドは読みにくいので、『中世の奇蹟と幻想』を読んでいると、長男が話しかけてきた。

「何の本読んでんの?」
「ヨーロッパの中世、ずっと昔に起きた奇蹟について研究した本や」
「ふーん、奇蹟が起きんの」

 何だか、えらくありがたみのない扱いである。無理もないか。昨日の『ULTRAMAN』みたいに、奇蹟を安売りする映画やドラマが絶えないからなあ。

 息子よ、奇蹟なんて起きはしない。起きないからこそ、奇蹟なのだぞ。

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2005/01/01

ULTRAMANに失望

 1月1日は映画ファン・サービスデーということで、家族全員(息子3人と妻と私)で『ULTRAMAN』を見に行った。

 頑張っているとは思うのだが、方々でよい評判を聞いていたために期待が高くなりすぎていたのか、どうにも物足りなかった。よく言われているように「ふつうの大人も楽しめる」とは、とても思えない。よいことはよいけれど、『ウルトラマンコスモス』以降迷走気味なウルトラ・シリーズにしては……という限定的な評価しかできかねる映画だった。以下、特に気になる点のみ挙げる。

 今回は科学特捜隊の代わりに自衛隊を持ってきてリアリティを増しているのが売りの一つになっていて、たしかに実物のF15J戦闘機の迫力は、ミニチュアのジェットビートルの到底及ぶところではない。しかし、その割に物語の中心となる自衛隊の特務機関とやらが、せいぜいヤクザ者の集団にしか見えないのは何とかならないものか。

 主人公を拉致するのに、わざわざセスナに乗らせるのはなぜ? 失踪扱いするでもなく、わざわざ家族や同僚に拉致を告げに行く(何と迷彩服姿でライフル担いだ兵士同伴で!)のなら、地上で捕まえればいいではないか。粋がっているとしか思えない遠山景織子の黒ずくめの衣装に、同じく彼女が演じた『怪奇大家族』のゴシックな骨董屋を思い出して噴き出したのは私だけだろうか?等々。

 怪獣映画の一つのキモである避難民のモッブシーンがお粗末なのも痛い。予算の限界もあろうが、人数は少ない・演技は下手・演出らしい演出もないで、とてもじゃないがほんとうに都心が蹂躙されているようには見えなかった。特撮にはたいへん力がこもっていただけに、残念でならない。

 もっとも問題なのが、結末が非常に曖昧なこと。未見の方に配慮して一応伏せておくが、何の説明も無しにあのような結末にしてしまうのは、命というものを軽視していることになりはしないか? それに、何となくハッピーエンドのような雰囲気に演出しているが、あの後主人公はぜったいに普通の生活はできないのでは?

 子供も見る映画だから、あまりハードにしてもという判断なのだろうが、親としては子供に見せるものだからこそ、きっちり筋を通して欲しい。小学生~高校生の意識調査の結果、実に2割が「死者が生き返ることがある」と思っているという、信じられないような報告もある時代なのだから。

 ──とまあ、不満は多いけれど、とりあえず1000円分は楽しめはした。いや、仮に1800円払っても、損した気にはならなかっただろう。とはいえ、それは私が、この手のジャンルのアベレージがどんなものか知っている年季の入った怪獣マニアだからで、ふだんはこういうものを見ない観客がいきなりこれを観て楽しめるかどうかは、かなり疑問だ。

 ちなみに私の家族の反応はというと、妻が「ええ話や」と涙ぐんでいた一方で、子供たちは『ゴジラFINAL WARS』の方がおもしろかったと言っている。小学6年生の長男に言わせると、「何か違う。ウルトラマンを見に行ってるねんで」。母を泣かせた親子愛の部分は、彼には蛇足としか感じられないとのこと。うーん、父はそこまでは言わへんぞ。

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