2010/01/31

2010年1月の読了書から

倉阪鬼一郎『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』(講談社ノベルス)[Amazon]
 三崎に建てられた壮麗な二つの洋館「黒鳥館」「白鳥館」には、恐ろしい復讐の罠が仕掛けられていた。招待状を受け取り訪れた人々が、一人また一人と密室で殺されていく、という話かと思いきや……。
 年末から読み始めて、元旦の朝に読み終わった。いやもう、まさかそんなことだとは、ぜんぜん見破れませんでしたよ。この上ない奇想天外の極みで、初夢初笑いをどっぷり堪能いたしました。富士山も出てきたし、まことに縁起よし。すべてのトリックがすっきり(?)解明されるものの、そもそもどうしてここまで複雑な仕掛けを施さねばならなかったのかという最大の謎が怪しい余韻を残す。でも、もしもこんな殺され方されたら、いろんな意味ですっっごく嫌なのは間違いない。

Sydney Horler"The Vampire"(Bookfinger)
 現在はほぼ忘れ去られているが、デニス・ホイートリーとほぼ同時期に活動し、作風からライバル的な位置にあったのではないかと思われる英国の大衆作家が1935年に発表した怪奇長篇である。この本は初版ではなく1974年に復刊されたもの。
 東欧の架空の国の在英大使館に住まう貴族が実は吸血鬼で、社交界の婦女を毒牙に掛けていく。異常に感づいた青年神経内科医が、吸血鬼を追って渡英してきた恩師の老オーストリア人医師とともにこれに立ち向かい、吸血鬼の虜になっている恋人を救い出そうとする。女性を精神的に支配する能力を持ち主人公の恋人に結婚を強要する吸血鬼は、「トリルビー」のスヴェンガリに代表される色魔の催眠術師像の影響が濃厚であるが、その一方で霧に変じて建物に侵入したり、デビルマンのように背中から蝙蝠の翼を出して宙に舞い上がったりと、当時の映画にも無いような派手な超能力を奮う場面もあった。この作家・作品についてはいずれ改めてこのブログで取りあげるつもりなので、詳しくはまた後日に。

シーベリー・クイン『悪魔の花嫁』(創元推理文庫)[Amazon]
 オカルト探偵グランダン・シリーズ唯一の長篇で、『ウィアード・テイルズ』誌に分載されたもの。婚礼の席で、花嫁が忽然と消えてしまう怪事が起きる。実は娘の家系は中東のある邪教の神官の血を引いており、教団は彼女を儀式の生贄とするべく攫ったのだった。グランダンと友人の医師トロウブリッジは花嫁を救い出すために、世界を股に掛けた教団の陰謀に立ち向かう。
もともとグランダン・シリーズは超常現象も未知の自然現象としてロジカルに解明しようとする傾向が強いのであるが、この長篇では超自然的な要素はほぼ皆無で、怪奇小説というよりフー・マンチュー型のオカルト風味のスリラーになっている。怪しげな蘊蓄の数々と鮮烈な猟奇趣味に彩られ、起伏に富んだストーリーは興趣満点。特に、掲載紙がパルプ・マガジンだけあって、この時代の長篇怪奇小説としては意外なほど残虐な描写が激しく、しかも女性や子供が犠牲になるので苦手な方はご注意を。また、訳者大瀧啓裕による巻末の解説は詳細を極めたもので、たいへん参考になる。

小倉多加志編・訳『ポケット 英語で怪奇小説を読もう』(南雲堂)[Amazon]
 1982年に出版された英語学習教材用の怪奇短篇集。かなり珍しい本だと思うが、ネット通販で手頃な値段で入手できた。原文と訳文が段落単位で併載されていて、収録作は下記のとおり。

(1) W・H・ホジスン「闇の中の声」(William Hope Hodgson,"The Voice in the Night")
(2) ロイ・ヴィッカーズ「八番目のスイッチ」(Roy Vicards,"The Eighth Lamp")
(3) ジョイス・マーシュ「樹」(Joyce Marsh,"The Tree")

 この本のために訳したのは(1)のみで、(2)(3)は「ミステリ・マガジン」からの再録のようである。(1)を除くと知る人ぞ知るという感じの、マニアックなセレクション。男女の三角関係から怪異が生まれる(2)はちょっと艶っぽい話で、「ジョージから亭主のことを聞くと、あたし、頭がおかしくなっちゃったもんで、ついジョージに着物を脱がさせちまったんですよ」なんてくだりがあるし、原文の労働者階層のくだけた口調は辞書で調べきれるものではなく、あまり英語教材には適していないような?


スティーヴン・J・ザロガ『パンターvsシャーマン バルジの戦い1944 (オスプレイ“対決”シリーズ) 』(大日本絵画)[Amazon]
  昨年11月に読んだ『パンターvsT-34―ウクライナ1943 オスプレイ“対決”シリーズ』の姉妹編的な本で、西部戦線における独・米の主力戦車を比較している。またもやパンターは評価が低く、単騎での戦闘能力は高くても生産性と信頼性の低さゆえに必要な時に必要な場所へ必要な量の打撃力を提供するという、近代兵器に必須な基本的要求を満たせていない欠陥兵器扱いされている。逆に単騎での戦闘能力は平凡だが上記のような近代兵器に求められる資質に富んでいたのが、米軍のシャーマン戦車とソ連軍のT-34であった。
 1944年後半には、そこへさらに独軍の人的資源の大幅な損耗による練度のひどい低下が加わり、パンターとシャーマンの戦闘能力の差は、戦闘の趨勢にそれほど大きな影響を与えることがなかったと本書は主張している。パンター1両を倒すのにはシャーマン5両が必要であったという通説はまったくの幻想であったことを豊富なデータを基に詳細に実証してみせており、実に興味深い。

『装甲列車 (オスプレイ・ミリタリー・シリーズ 世界の戦車イラストレイテッド) 』(大日本絵画)[Amazon]
 装甲列車とは、その名のとおり装甲を施した列車に機銃や大砲を搭載した兵器のこと。道路網が未整備で鉄道が主要な輸送・交通手段であった時代に、鉄道の警備はもちろん野戦用の移動火点として広く用いられた。全盛期には戦争の趨勢を左右するほどの役割を果たしたというが、モータリゼーションが進行し、より汎用性の高い装甲機動兵器である戦車が出現したために姿を消してしまった。
 この本は、装甲列車の誕生から各国での発展、衰退を概説しており、恐らく邦文の書籍では他に類を見ないものではないだろうか。扱う範囲が広大なために運用を論じるので精一杯になっており、各装甲列車の兵器としてのメカニズムの解説が少ないのはやや残念。

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2010/01/04

怪獣漬けの正月休み

 今年の正月休みは、例年になくたくさんの怪獣映画を見た。まず、近所のツタヤがレンタル半額だったので年末に借りてきた『プテロドン 零式戦闘機 vs 翼竜軍団』『ドラゴンストーム』『U.M.A. 2002 レイク・モンスター』の3本があって、これは返却日が決まっているのでとっとと消化せねばならなかったのである。そこへAmazonに予約していた『ジュラシック・アイランド』と『世界終末の序曲』が届き、どちらも以前からぜひ見たいと恋い焦がれていた映画なので、見ないではおられなかった。さらに、年始の親族一同の集いで大人たちの会話に退屈した小学4年生の三男が、CSのファミリー劇場で放映されていたガメラ特集を見始め、ついつい私も『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』『ガメラ対大悪獣ギロン』を通して見てしまった。4日間で計7本というのは、私としてはちょっとした記録物の体験であった。メジャーなガメラ・シリーズの2本はさておき、他のマイナー海外怪獣映画についてはざっと紹介しておこう。

『世界終末の序曲』(1957)[Amazon]
 もっともまともにおもしろかったのが、これ。低予算巨大生物映画を得意としていたミスターBIGことバート・I・ゴードンの監督作品で、放射線を使い巨大な農作物を作る実験に巻き込まれたイナゴが巨大化、群れを成して襲ってくる。小さな田舎町が一晩で壊滅しているのが発見されるミステリアスな導入から、調査隊の前に巨体を現すお決まりのショックシーン、軍隊との攻防を経て大都市シカゴの蹂躙、イナゴの習性を利用した撃退法の発見と、緊張感を保ちつつテンポ良くストーリーが進行する。低予算の怪獣映画は怪獣だけで見せ場を作り続けるのが困難なので、人間同士のよけいなドラマでお茶を濁しがちなのだが、この映画にはそういう迷いが一切なく、巨大イナゴの恐ろしさとそれをいかに撃退するかのみを描くことに全力を傾注している。
 マスコミ関係者が事件を追うという設定のSF映画はよくあるが、この映画の主人公は功成り名を遂げた女性ジャーナリストで、しかも戦場のルポを得意にしているというのがちょっと珍しい。車載電話を搭載したでかいアメ車を乗り回し、軍に封鎖されている田舎町に入れなくて司令部に談判に行くと、将校に「あなたの本を読みましたよ、素晴らしかった」といわれて顔パスしてしまうのである。
 取材してきた数多くの戦場の有様を思い返し「いくら見ても慣れないものもあるわ」とつぶやく彼女は、そのすぐ後に破壊し尽くされた町に入り、巨大イナゴに人間がむさぼり食われるという地獄のような光景を目の当たりにすることになる。しかも、食われるのはイナゴと同じく実験の事故で放射能を浴び、発声機能に障害を持つ研究者の青年だった。そういえば同じゴードン監督の『戦慄! プルトニウム人間』でも、核実験の放射能を浴びた軍人が巨人化する前の病床で第ニ次大戦から朝鮮戦争へと命ぜられるまま転戦してきた記憶を夢に見て苦しむシーンがあったが、ミスターBIGは案外骨太の映画作家だったのかも知れない。
 惜しいのは、そういう志の高さに予算と撮影技術がついて行けていないことで、イナゴの大きさは場面によってまちまちだし、合成が拙くて半透明になったりする。その極めつけというべきが、合成やミニチュア製作を避けるために、引き延ばしたビルの写真にイナゴを這わせて撮影したという有名な奇策である。パッと見はそれなりの迫力なんだけど、よく見れば写真に映っている影とイナゴの落とす影とのすり合わせが不十分で、一緒に見ていた三男に「あれ写真やんか!」とすぐに見破られてしまった……。もう少し予算があれば、巨大昆虫映画の名作の一つに数えられたかもしれないのに、残念無念。
 ちなみに、同様の写真を使った手法は、川北紘一が『ゴジラVSキングギドラ』でより効果的に導入している。ギドラによって破壊される福岡市街のビルの中に、石膏ボードの表面に写真を貼り付けただけのものが混じっているのである。画面一杯に大写しになったビルが吹き飛ばされるカットであるにもかかわらず、事前に知らされなければまず気づけない見事な仕上がりであった。

『ジュラシック・アイランド』(1948)[Amazon]
 某有名恐竜映画の便乗のようなタイトルなのに、製作年度ははるか昔。実はこれ、原題は"Unkown Island"という。未公開ながら『未知の島』などの訳題でSF映画関連の書籍に紹介されていることもあったので、題名だけは知っているという人もいるのではないか。設定は『キング・コング』前半に似通っていて、戦時中に海軍の偵察機から太平洋上の孤島に恐竜が棲息しているのを目撃した男が、一旗揚げるのが目当てで動物を運ぶのを得意にしている貨物船をチャーターする。野郎ばかりではあまりにもむさ苦しい映画になるので、婚約者も同伴である。
 この映画には『キング・コング』と大きく異なる点が2つあって、まず1つめは登場人物同士が激しくいがみ合うことである。船をチャーターした男は成功することに囚われていて、他人を犠牲にするのもまったく平気。そんな男の本性を知り、婚約者はかつて島を訪れたことがあるというハンサムな船員になびいていく。ところが強欲かつ粗暴な船長も彼女を狙っていて、さらに下級船員たちは身勝手な船長に嫌気が差しており、叛乱を企てる。怪獣との攻防に徹した『世界終末の序曲』とは対極的に、こうした人間関係のもつれがストーリーの中心のようになっていた。
 2つめの違いは、恐竜たちがモデルアニメーションではなく着ぐるみ方式主体で撮影されていること。海外の着ぐるみ怪獣映画は総じて日本の怪獣映画のすばらしさを再確認するだけに終わる仕上がりのものばかりで、この映画もその例に漏れない。ケラトサウルスとコングのような巨大類人猿が着ぐるみで現れ、格闘シーンもあるのだが、造形はちゃちいし演技も下手。しかも、ミニチュアセットを組まないで実景の野原や森で撮影しているものだから巨大感がまったくなくて、ただ着ぐるみを被った人間が屋外をよたよた歩いているようにしか見えやしない。実はこの映画、恐らく世界初のカラー怪獣映画なのだけど、そのせいでますます着ぐるみ怪獣が作り物に見えているような気がする。モノクロにしておいた方が、いくらかは特撮の粗がごまかせたのではあるまいか。

『プテロドン 零式戦闘機 vs 翼竜軍団』(2008)[Amazon]
 太平洋戦争末期、極秘の任務で女性パイロットチームがテニアン島に向け飛ばしていたB29が翼竜のような怪物の攻撃を受け、ある島に不時着する。そこには日本海軍の航空基地があったが、基地は怪物の群れに蹂躙され壊滅していた。女性パイロットたちは日本軍が残した零戦で怪物に立ち向かい、脱出を計る──。
 あらすじだけ聞くとめちゃくちゃおもしろそうなのに、あまりにも低予算でぜんぜんダメ。劇場用映画ではなくケーブルテレビやDVD用に作られたものらしいが、飛行機はCG丸出しだし怪物の見せ方も下手くそ。日本の特撮ヒーロー番組にも負けてるかも。登場人物は一人として軍人に見えず、これまたストーリーは怪物よりも人間同士のぐだぐだしたもめ事の方が主になっていてうっとおしいばかりであった。極秘任務というのが実は原子爆弾の輸送で、戦時中の核攻撃を否定的に描いているのだけはちょっと感心したけれど、他には何も見るべきところがない。よほどのマニア以外は手を出さない方がいいだろう。

『ドラゴンストーム』(2004)[Amazon]
 中世イングランドの小国に数頭のドラゴンが現れ、王の命を受けた討伐隊が退治に乗り出す。ドラゴンは超自然的な存在ではなく、宇宙から隕石のように卵が飛来したエイリアンという設定。作中世界でもドラゴンなんて架空のものというのが常識になっていて、発見者がなかなか信じてもらえないという描写もある。王のお着きの科学者はドラゴンが炎を発するメカニズムを解明してみせ、ラストはそれを利用した方法で最後の一匹が倒される。つまりファンタジーではなく、中世を舞台にしたSFなのである。
 これもケーブルテレビ用の映画らしいが、ロケやセットにある程度金を掛けているようで一応中世の物語には見えるし、ドラゴンのCGもかなりがんばってはいる。しかし、またもや人間同士のゴタゴタでお茶を濁す脚本になっており、ドラゴン退治の方は単調でさっぱり盛り上がらない。せっかく中世でSFというおもしろいアイデアを思いついてるのだから、もう一歩工夫が欲しかった。

『U.M.A. 2002 レイク・モンスター』(1977)[Amazon]
 タイトルと製作年度が一致していないが、1970年代に作られた近未来映画とかではない。実はDVDメーカーが古い映画を最新作に見せかけて売り出したのもので、中身はモデルアニメーション怪獣映画のファンならご存じであろう『魔の火山湖 甦えった巨大生物の恐怖』なのである。『JAWS/ジョーズ』のヒットに端を発する動物パニック映画ブームに便乗して、当時すでに下火になっていたモデルアニメーション特撮の怪獣映画を作ったもので、湖に隕石が落ちたせいで古代の首長竜が蘇り、湖に近づく人間が次々と襲われる。
 今は亡きデヴィッド・アレンを中心にしたアニメーターたちが手掛けたという首長竜は、なかなかよい味を出している。しかし、これまた低予算映画の悲しさで、大暴れするシーンはごく少ない。クライマックスではパワーショベルとの対決という見せ場を設けているものの、ほとんど一方的にあっけなくやられてしまう。しかもカット割りが下手くそで、なにがどうなってやられたのすら解りにくいという始末。モデルアニメーションの怪獣が見られるだけで幸せな気持ちになれる私のような人間ならともかく、それ以外の人にはただ貧相で退屈な映画だろう。ましてやタイトルだけ見て2002年製と信じてたりしたら、激怒するんじゃなかろうか。

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2009/12/31

2009年12月の読了書から

『ドイツのゴシック小説』に刺激を受けて、数少ない邦訳を読んだり、また『ドイツのゴシック小説』を読み返したり、関連する研究文献も調べてみたりと、ドイツゴシックのプチ強化月間となった。

亀井伸治『ドイツのゴシック小説』(彩流社)[Amazon]
 ドイツでは英国とほぼ同時期にゴシック小説の流行があって、質・量ともに英国に匹敵するほどであったという。ところが、ドイツ本国でも正当に評価されないまま、研究も充分に進んではいないのだそうだ。そんなドイツのゴシック小説がいかに生まれ、どのような広がりを見せたかを詳細に追いかけた貴重な研究書である。ゴシック小説は通俗的なジャンルではあったが読者を迷わせるトリッキーな語りの手法を切り開きロマン派の露払いとなったという視点で、附論としてホフマンの作品をゴシック小説として読む考察が添えられている。著者は膨大な量のドイツ産ゴシック小説を集めているそうで、口絵にはコレクションの書影がカラーで紹介されているのも嬉しい(写真を間違えているページがあって訂正表が別紙で挟まれているので、購入時には要注意)。
 ただし、これからドイツのゴシック小説を読んでみようというような読者の啓蒙を狙ったものではなくあくまで研究者向けの本なので、決して読みやすくはない。ただただ書名と作者名が羅列されているだけみたいな箇所もいくつかあり、読み通すのにかなり時間が掛かった。そして、苦労して読破しても、紹介されている作品のほとんどは邦訳されていないのである。ドイツの幻想文学に不案内な私にはたいへん勉強になったのだが、かえって欲求不満に陥ってしまいそう。

フリードリヒ・シラー『招霊妖術師』(国書刊行会)[Amazon]
 これは再読で、十数年ぶりに読み返した。ドイツ産ゴシック小説の主要サブジャンルである秘密結社小説の嚆矢となったもので、青年貴族がイエズス会の陰謀に巻き込まれ、洗脳・改宗させられていく物語。書名にある招霊妖術師は陰謀の一手段のペテンでしかない。以前読んだときもつまらないと感じたのだが、やっぱりこれはつらい。イエズス会が悪役とか改宗される恐怖とかいうのが、当時のドイツの読者には説明抜きですんなり受け入れられたかも知れないけれど現代の日本人にはとても実感できない。しかも、未完のため主人公が本格的に悪に染まる前にストーリーが中絶しているので、ちっとも恐くはないのである。ドイツ幻想文学史上重要な作品ではあるのは間違いないが、そういう文学史的な興味でしか読めない小説ではないかと思う。その助けになってくれるのが訳者石川実氏による詳細な解説で、むしろこちらに一読の価値がある。

C・H・シュピース『侏儒ペーター』(国書刊行会)[Amazon]
 これまた18世紀ドイツのゴシック小説で、作者はC・H・シュピース。悪魔の誘惑を扱った小説の古典である。英国産ゴシックの代表作の一つであるM・G・ルイスの『マンク』も、この小説を参考にしているといわれている。
 13世紀ドイツの青年騎士が、一族の守護霊と言い伝えられている小びとの老人に女性との恋愛の楽しみを教わるのだが、この小びとは実は悪魔の手下の悪霊で、青年騎士と係わった女性は次々と悲惨な最期を遂げる。青年騎士は次第に倫理観を失っていき、ついには大悪魔ベルゼブルと契約を交わして悪行の限りを尽くす。最初のうちはあまりにも誘惑に弱く判断能力が欠如している単純な主人公に苦笑させられたのだが、惨劇がとめどなく連続しエスカレートしていくうちに、逆にその無邪気さがとても恐ろしくなる。見せ場の連続で飽きることなく読め、これは現代日本の読者でもそれなりに楽しめるだろう。
 本書は「解明される超自然」が主流であったというドイツ産ゴシックの中では例外的にはっきりした超常現象がてんこ盛りになっているのだが、本筋が終わってからの後日談で、この物語に疑問を持った僧侶が典拠となった史実を発見するという、とってつけたような種明かしがある。『ドイツのゴシック小説』によると、これは刊行後の改訂で付け加えられたものらしいが、本編の魅力とまったく相容れない蛇足のように思う。

ジョー・シュライバー『屍車』(集英社文庫)[Amazon]
 少女時代に当時学友だった前夫とともに連続殺人犯を倒し、その屍体を埋めて隠したというショッキングな過去を持つ女性が、何者かに娘を誘拐される。誘拐犯の要求は、彼女が埋めた屍体を掘り返し、犯人が指定するルートに従い6つの町を経由して7つめの町に12時間以内に届けるべしというものだった。車が目的地に近づくにつれて奇怪な出来事が次々と起き、一連の事件の背後には200年前の殺人鬼がいることが明らかになる。
 1つ町を通過する毎にどんどん怪異が非現実的にエスカレートし、12時間という制限時間のおかげもあって、アメリカン・モダンホラーにありがちなよけいな寄り道無しに勢いよく話が進んでいくのが心地よい。自己顕示欲が強いのか、悪霊の親玉が007映画の悪役みたいに自分の計画を主人公に懇切丁寧に説明してしまう間抜けさには笑ってしまったけれど、肩の凝らないB級ホラーと割り切ればまあまあ楽しめる。

高瀬美恵『セルグレイブの魔女』(祥伝社文庫)[Amazon]
 「セルグレイブの魔女を訪ねよ」と、あるコンピューター・ゲームに関連するらしい書き置きを残して男子小学生が失踪した9年後、今度は同じ内容のメモが死体に添えられる幼女連続殺人事件が発生して……というサスペンス・ミステリー。扉に「ホラー・ミステリー」と書かれていて、ウェブ書店でもそう表記しているところがあるが、まったくホラー的な要素はない。
 猟奇的な殺人事件が起き、犯人がゲームやマンガの愛好家だと判明すると、「空想の世界に逃避して現実を見失った」という報道が安易に飛び交いがちである。しかし、そこではしばしば、空想に縋らねば生きていけない者たちの真摯な想いは等閑視されている。一方で、現実の犯罪に手を染めてしまった犯人の側もやはり、空想の世界に生きる者の矜持を忘れたとの批判は免れないのではないか。場合によっては相互に対立しかねないそんないらだちを、本書は評論のように論理的に整理して提示するのではなく、立場の異なる登場人物たちの多視点の物語によって生のまま読者にぶつけようとしている。重いテーマを扱いながらもリーダビリティの高い娯楽小説に仕上げられており、たいへん読み応えがあった。

田辺青蛙『魂追い』(角川ホラー文庫)[Amazon]
 第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した「生き屏風」に始まる、鬼の父と人間の母の間に産まれた少女のような容姿の妖怪を主人公としたシリーズの続巻。今回は、死んで間もない生物の魂魄を捕らえて売り物にする「魂追い」の少年との交流を描いており、二人は互いに相手をかけがえのない存在と思うようになっていく。
 しかし、限られたはかない生しか持てない人間と妖怪ではいつかは別離せねばならないことが前提となり、基本的に心やさしいお話でありながら、もの狂おしい緊張感がかすかに全編に漂い続けている。そのために「生き屏風」の超然と浮世離れした味わいは薄れてしまったものの、物語としての牽引力は前作以上であり、キャラクター小説的にパワーアップしたという感じであった。私はそれぞれにおもしろく読んだが、どちらを評価するかは好み次第だろう。

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2009/11/30

2009年11月の読了書から

 今月は第16回日本ホラー小説大賞の受賞作をまとめて読んだ。完成度が一番高いのはやはり大賞の宮ノ川顕『化身』だったが、私の個人的な好みは短篇賞の朱雀門 出『今昔奇怪録』の方だった。

朱雀門 出『今昔奇怪録』(角川ホラー文庫)[Amazon]
第16回日本ホラー小説大賞短篇賞受賞の表題作を含め全5篇収録の短篇集。

(1)今昔奇怪録
(2)疱瘡婆
(3)釋迦狂い
(4)きも
(5)狂覚(ポンドゥス・アニマエ)

 著者は受賞の言葉で怪談への愛着を熱く語っているが、いかにも怪談らしい怪談は少ない。もっとも伝統的な怪談風なのは(2)だが、これも一捻りあって怪談というより奇談。他はどれも奇想とトリッキーな語りの工夫があって、ストレートな怪談にはなっていない。(1)はある地方に伝わる無名の怪談集を読み耽る夫婦が、自身も怪異に巻き込まれていく話。とてつもないことが起きそうな雰囲気をうまく出しながら、ほとんど何も起きない方向にまとめたのが肩すかしのようでもったいない。伝説的巨躯力士の逸話をエスカレートさせて現実とも幻想ともつかぬ世界を彷徨う恐怖を描いた(3)、生物学の研究室に死者が培養しているらしき肝細胞標本が跳梁する(4)、オカルト実験の観察過程を多視点の一人称で綴った(5)は、決定的な解決を必須としない怪談の特性を活用しながらもSF的な味わいが濃厚であった。
(2)を除くとどれも、怪談への執着を前面に押し出しながら恐怖よりもロジカルな奇想のおもしろさの方が目立つ。ここを何とかうまく乗り越える工夫ができれば、すごく斬新で恐ろしい怪談を生み出せるではないだろうか。また、逆に怪談にこだわらずに書いていく道もあるようにも思う。

三田村志郎『嘘神』(角川ホラー文庫)[Amazon]
 第16回日本ホラー小説大賞長篇賞受賞作。男子高校生の主人公がある朝目覚めると、5人の友人たちと一緒に、出口すらない奇妙な密室に閉じこめられているのに気づく。そこへ「嘘神」を自称する何者かの声が響き、最後の1人のみが現実に帰れる生き残りゲームを強いる。守るべきルールは7つ、ただし、嘘神の言葉には1つだけ嘘があるという。最初は協力し合おうとしていた6人だが、当然ながら次第に仲間割れし始めて──という話。設定だけ聞くとスリラーっぽいけども、嘘神はほんとうに神で超常現象を起こせるので、一応ホラーではある。
 ネタバレになるので詳細を書くのは控えるが、結末の種明かしには人間の生理に関する考証ミスがあって、トリックとして成立していないように思う。しかも、嘘神は2つ嘘をついていることになるはずだ。1つだと強弁できないこともないのだけど、それはそもそも最初の説明が約束事としては不完全な文章であることを利用した言い逃れのようなもので、許容すると実質何でもありになってしまう。せっかく各登場人物の一人称視点で実況風に物語を繋いでいるのに、設定の説明のためにあり得ないほど長い回想に耽らせたてテンポを削いだり、涙声を濁点で表現する文体がまるで東海林さだおのマンガみたいだったり、申し訳ないが私にはいろいろと耐え難かった。そういえば、少年少女が殺し合いゲームを強いられるというと、この賞の選考委員たちに拒否されたことで名を上げた『バトルロワイヤル』が思い出されるが、どうしてあれが失格でこれはOKなのだろう? まったく解せない。

宮ノ川顕『化身』(角川書店)[Amazon]
第16回日本ホラー小説大賞を受賞した表題作と他2篇を収録。

(1)化身
(2)雷魚
(3)幸せという名のインコ

 受賞作の(1)は、日常に倦んだ男が旅に出て、南海の島の密林で絶壁に囲まれた池に落ち、何年も池の中で暮らすうちに環境に適応して肉体が変容していくという奇妙な話。主人公が淡々と事態を受け入れていくので恐怖感はまったくなく、ホラーというより幻想小説であった。受賞時のタイトル「ヤゴ」は誤った先入観を与えそうなので解題したのは正解だったが、「化身」も本来の語義とは微妙にずれているのが気になる。(2)は謎めいた大人の女性に憧れる少年の想いを幽霊譚と結びつけたもので、(3)は不況による生活苦に悩む男がペットのインコの囁く予言により常軌を逸していくというストレートな怪談で、受賞作とはまったく趣の異なる題材を扱っている。しかし、登場人物の心の動きを的確に拾い上げていく安定した筆さばきは共通している。派手な見せ場で興味を引くよりもこつこつとディテールを積み上げていく作風なので全体に印象が地味ながら、基本的な小説のスキルはかなり高い。(1)に対する選考委員高橋克彦の選評は明らかに誉めすぎだと思うが、確かに今後に期待できそうな新人ではある。

平山蘆江『蘆江怪談集』(ウェッジ文庫)[Amazon]
 昭和9年に発行された稀覯怪談本の復刊である。下記13篇を収録している。

(1)お岩伊右衛門
(2)空家さがし
(3)怪談青眉毛
(4)二十六夜待
(5)火焔つつじ
(6)鈴鹿峠の雨
(7)天井の怪
(8)悪業地蔵
(9)縛られ塚
(10)うら二階
(11)投げ丁半
(12)大島怪談
(13)怪異雑記

 花柳演芸記者であった著者だけに男女の愛憎から生まれる怪談が多いのだが、洗練された粋な語り口のおかげでドロドロした印象はまったくない。それでいて、恐いところはきっちり恐いのだ。鮮烈な怪異描写で名高い(5)がやはり突出した恐さだが、ジェントル・ゴースト・ストーリーである(10)なども中盤までは剣呑な予感を湛えていて恐ろしかった。幽霊は幽霊であるだけで恐ろしいという基本を、筆の力できっちり描きだせる書き手なのである。最近の文庫本では珍しく旧仮名づかいのまま復刊されており、この素晴らしい文章芸がオリジナルに近い形で堪能できるのが嬉しい。しかも安い。怪談好きなら決して買い逃すべきではない。


高瀬美恵『スウィート・ブラッド』(祥伝社文庫)[Amazon]
 先月読んだ『庭師』がかなりおもしろかったので、積読にしていたこの本も読んでみた。これまた意欲的な作品で、今まで読んでいなかったのを恥じた。27歳のごく平凡な主婦が何となく憧れていたコンビニのイケメン店員が実は吸血鬼で、運命のいたずらにより彼女も吸血鬼の仲間入りを果たすという話。安易に吸血鬼に憧れるホラーには食傷気味なので敬遠していたのだが、これはむしろそういう吸血鬼物へのアンチテーゼを志した小説で、誘惑に負け人の道を踏み外した主人公は恐ろしい運命に見舞われることになるのである。ささやかだが満ち足りていたはずの日常とこの世の物ならぬ快楽との間を揺れ動く主人公の心情がリアルに描かれていて現代日本を舞台にした吸血鬼小説の中でも傑出していると思うし、こういうアイデアの吸血鬼小説は海外にも無いかも知れない。惜しまれるのは題材に比して短すぎることで(実質中篇程度である)、もう少し枚数を費やして主人公の葛藤をさらに掘り下げておれば、より一層痛切な恐さが出せたのではないかと思う。

詠坂雄二『電氣人閒の虞』(光文社)[Amazon]
 架空の地方都市に伝わる怪人についての都市伝説に係わり、不審な死亡事故が連続して起きる。連続殺人事件か? それとも怪人が実在するのか? 三流ビデオゲーム誌の企画で、フリーライターが真相を追うはめになる。ところが、この小説は犯罪小説やホラーの常道を忌避するかのように逸脱し、都市伝説そのものを巡る議論へ向かっていく。そのはぐらかし方と議論が楽しめるかどうかで、本書の評価は大きく分かれるだろう。かくいう私は──あまり楽しめなかったのである。
 きっとそのいくらかは、小説としての結構より知的遊戯としての興味を優先するミステリにはなじめないという、私個人の感性の問題である。だが遊びというなら、訳知り顔のはぐらかし役で著者自身が現れるなんてのは、あまりに格好悪くはないだろうか? 思わせぶりな序章の意味がどうも判らなくてネットを検索してみたら、著者の過去の作品を読んでいないと判らない仕掛けがあるのだという。ファン相手のサービスのつもりだろうが、私のよう初めて触れる読者にはただ迷惑なだけである。気の利いた洒落のつもりであろう結末の一文に至ってはもう……申し訳ないが、著者がおもしろがっているらしい仕掛けのことごとくが、私の趣味には合わなかったのである。都市伝説を巡る議論の内容にはところどころ感心させられることもあったのだけど、全体としては独りよがりなお遊びに付き合わされたという印象しか持てなかった。

荒山徹『柳生薔薇剣』(朝日文庫)[Amazon]
 日本への移住者を強制帰国させようとする朝鮮使節団から逃れた女が、徳川家康のお墨付きを受けた縁切寺の鎌倉東慶寺に逃げ込んだ。これをきっかけに内外の様々な勢力が激突する暗闘が始まり、父宗矩や弟十兵衛を上回る実力を持つ柳生家の若き女性剣士矩香が女のボディガードに任ぜられる。例によって朝鮮はひどい悪者であるが、今回は日本側もそれに劣らぬ曲者がうようよ。その最中にあってヒロイン矩香は腹黒い宗矩の子とは思えないほど清く正しい心根の持ち主で、恋のため国を捨てた朝鮮人女性や豊臣秀吉の遺児である住持を始めとした東慶寺の尼たちとの熱い共闘には、しがらみに囚われて無為な殺し合いを続ける男どもを一蹴する魅力がある。私がこれまで読んだこの著者の柳生物のゲーム的な感覚とは一線を画しており(私はそっちも好きだが)、誰が読んでも楽しめる娯楽作に仕上がっていると思う。

貸本マンガ史研究会『貸本マンガRETURNS』(ポプラ社)[Amazon]
 貸本マンガの世界を概観したガイドブック。扱う範囲がとにかく広大なのでほんの触りにならざるを得ないようで恐らく詳しい人には物足りないだろうが、私のように不案内な者にはちょうどよい入門書であった。ただ、分担制で各章毎に著者が異なるので、若干質のばらつきがある。時代劇やハードボイルド、少女マンガの章は世相や他メディアとの関連も視野に入れていて読み応えがあったのに、個人的にもっとも興味があった怪奇マンガの章はただ代表的な作品を追うばかりでやや掘り下げが浅いように思った。いつの日か、より詳細な怪奇貸本マンガ研究が現れるのを期待したい。ともあれ、類書は他にないようだし貴重な一冊なのは間違いない。

菊地秀行『貸本怪談まんが傑作選 妖の巻』(立風書房)[Amazon]
 貸本マンガ誌に発表されたきり埋もれている怪奇短篇を発掘紹介した二巻本アンソロジーの上巻。収録作は下記の通り。

(1)小島剛夕「月に背く者」
(2)楳図かずお「蝶の森」
(3)浜慎二「人間蒸発」
(4)いばら美喜「焦熱地獄」
(5)古賀新一「健啖家」
(6)モンキー・パンチ「復讐」
(7)巌太郎「幽霊館の鬼女」
(8)水木しげる「壁ぬけ男」

 まっとうにおもしろいものから珍作・怪作までさまざま。(3)はリアリズム派の絵画怪談かと思いきや、クライマックスはマンガにしかできない大胆な怪異表現で意表を突かれた。怪作の方では、溶鉱炉に突き落とされた男が何の説明もなく灼熱の金属人間と化して怨敵に凄絶な復讐を果たすという(4)のインパクトが凄い。(8)はあからさまに米映画「4Dマン」の剽窃であるが、時代劇に仕立てた上に「スエーデンボルグの神秘医学」なる奇怪なオカルト理論を絡める工夫があり、頭一つ突き抜けたスケール感がある。
 菊地秀行による解説は、研究者ではないために貸本怪奇マンガを概括するようなものではないが、各篇の鑑賞の手引きとしては楽しめる。また、どれも初出誌は明記されているものの、刊年がはっきりしないらしく記載がないのが残念。

菊地秀行『貸本怪談まんが傑作選 怪の巻』(立風書房)[Amazon]
 貸本マンガ誌に発表されたきり埋もれている怪奇短篇を発掘紹介した二巻本アンソロジーの下巻。収録作は下記の通り。

(1)水木しげる「へびの神」
(2)楳図かずお「ばけもの」
(3)浜慎二「北へ行った男」
(4)いばら美喜「印画紙」
(5)北風三平「今朝早く」
(6)谷川きよし「怪奇焼死体」
(7)とみ新蔵「首」
(8)影丸譲也「呪人形」
(9)小島剛夕「いまひとたびの」

 上巻と重なる顔ぶれもあり、それぞれ読み応えのある作品ではあるものの、せっかく貴重な復刻の機会なのだから一作家一作に絞って欲しかった気もする。この巻では、(6)が特に印象に残った。金目当ての殺人の犠牲となった霊の凄惨な復讐が犯人の子供まで巻き込んでしまうというアモラルな話で、お世辞にも上手いといえない絵がかえってざらざらした恐怖感を醸し出している。

E.R.バローズ『月からの侵略』 (創元推理文庫) [Amazon]
 先月読んだ『月のプリンセス』の続巻で、第2部「月からの侵略」と第3部「レッド・ホーク」を収録。第1部で月に置き去りになった主人公のライバルが、月人の部族と結託して地球を侵略する。月の覇権を握り地球を侵略した部族はもともとは月の労働者階級であったという設定で、知的水準が低い彼らの身勝手な支配により、地球の文明は産業革命以前のレベルに後退してしまう。つまりこれは、ロシア革命に対する危機感を小説化したものなのである。第2部では主人公の子孫が月人の支配下にある22世紀で蜂起するも失敗、第3部ではさらにその子孫が25世紀にライバルの子孫たちと和解してアメリカの一地方であるが支配を覆す。評判がいいという第2部は、主人公が未熟なために革命が挫折するという暗い話が単調に進められるのみで、悲劇としても魅力的とはいいがたい。露骨な反共主義は時代的制約として了解するにしても、もう少し工夫が欲しかった。アメリカ万歳の脳天気な活劇である第3部の方が、割り切って読めばまだしも楽しめるのではないだろうか。
 
ロバート・フォーチェック『パンターvs T‐34―ウクライナ1943 オスプレイ“対決”シリーズ』(大日本絵画)[Amazon]
 第二次世界大戦における二大傑作中戦車と並び称されているドイツのパンターとソ連のT-34について、両者が生まれた背景と、初めて相まみえた1943年にウクライナのクルスクでの史上最大規模の地上戦を分析し、真の実力を比較しようとしたもの。ミリタリー趣味におけるドイツ軍は野球の巨人軍のようなもので、その中でパンターはカタログ上のスペックではT-34を遙かに上回る戦闘能力を誇り、特に人気の高い戦車である。ところが本書はそのパンターを、ドイツ軍上層部内の政治的駆け引きによりでっちあげられた、不必要に複雑で機械的信頼性に乏しい欠陥兵器であると、かなり厳しい調子でこき下ろしているのがおもしろい。実際、デビュー時のパンターの最大の敵はT-34よりも自身の故障で、1943年の東部戦線での稼働率は50%を維持するのも困難であったという。クルスク戦を制したのは粗っぽい作りながら生産が容易で故障知らずだったT-34の方で、その後の独ソ戦の趨勢もまたしかり。少数の精鋭よりも多勢の凡兵。物量が支配する近代戦の非情な本質がかいま見える。

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2009/10/31

2009年10月の読了書から

高瀬美恵『庭師(ブラック・ガーデナー) 』(祥伝社文庫)[Amazon]
 7年前の発行時に気づかずに今になって読んだが、今年の3月でなんと第8刷! 確かに力作であった。竣工後間もない分譲マンションに、失恋して間もない女性フリーライターが入居する。そのマンションを「庭師」と自称する何者かが監視しており、住民を花壇の花々に喩えて彼らのプライバシーを怪しげなサイトで晒していた。住民たちは気づかぬまま「庭師」に操られ、互いにいがみあい、ついには殺し合い始める。
 都市生活のストレスを扱ったサイコ物かと思いきや、次第にこの世の物ならぬ何かの影がちらつき始め、終盤はとんでもないカタストロフに。もちろん早くから超常的な力が背後にあることを匂わせる伏線は貼られているものの、それを丹念に拾うというよりも、危機また危機の連続で息をつかせぬ語りの力でほとんど暴力的にサイコから超自然へ移行してしまう展開に驚かされた。少々暴走しすぎの感もあり完全に成功しているとはいいがたいけれど、意欲は評価したい。

安東能明『予知絵』 (角川ホラー文庫)[Amazon]
 ちょっとした怪作。子供が描く絵から心理や身体の状態がつぶさに読み取れるという浅利児童画診断法なるもので(これは一応実在する)、その子供や家族の死に様まで予知してしまうというのである。何やら俗流の心理テストと似通った匂いもするこの診断法が絶対に正しいというのが物語の大前提になっており、登場人物たちが不自然なまでに何の疑問も抱かず浅利児童画診断法の熱烈な信奉者になっていくのが薄気味悪い。そして主人公は信奉者になったがために、絵の示す恐ろしい運命に絡み獲られていくばかりなのである。いったい作者は浅利児童画診断法に対してどのような思いを抱いて、小説化したのだろう?

辻村深月『ふちなしのかがみ』(角川書店)[Amazon]
 人間関係のもつれが怪異を呼ぶ物語を5篇収めた短篇集。ただし著者の関心は明らかに彼岸より此岸にあるようで、幽霊の怖さよりも人間の心理のいやらしさばかりが目立つ。しかも、謎解きの興味で話を引っぱり、怖がらせるよりもなるほどと感心させようとする落とし方に持っていく傾向が強いので、どうにも理屈っぽい印象を受けた。いかにもミステリ作家が書いた怪談集というべきか。

荒山徹『柳生陰陽剣』(新潮文庫)[Amazon]
 先月読んだ『十兵衛両断』の姉妹編で、新陰流の達人かつ陰陽師である柳生友景が、日本の危機を察知し護国の鬼に変じた崇徳上皇の命を受け朝鮮妖術師軍団の陰謀と戦うという連作短篇集。前作が敵も味方も非情な策謀家ばかりだったのに比べて、本書の主人公友景は完全無欠なかっこいいヒーローで朝鮮はとことん卑怯な悪者と、かなり脳天気になってしまった。妖術合戦の奇想天外さも二回りほどスケールアップしており、巨大怪獣(慕漱蠡と書いてモスラと読ませる巨大蛾とか。いいのか?)までぞろぞろ出てくる。私には滅法おもしろかったが、ここまで行くと着いていけない読者も多いかも。

スティーヴン・キング『悪霊の島』(文藝春秋)上[Amazon]下[Amazon]
 綿密に描き込まれた登場人物の心の闇に乗じて姿を現す、外なる悪──キング流ホラーの見本のような長篇。その分新味は少ないのだが、個性的な登場人物たちが織りなす物語に次第に不吉な影が差してくるおなじみの緊張感といい、期待が絶頂に高まったところで姿を現す外なる悪の滑稽なまでにグロテスクな恐さといい、他の作家では味わえないキングならではの楽しみに満ち満ちており、読み始めるとやめられないおもしろさであった。もう一ひねりあってもという気もするけれど、手堅くまとめられた万人向けの良作である。

『ゴースト・ストーリー傑作選――英米女性作家8短篇』(みすず書房)[Amazon]
 19世紀後半から20世紀前半にかけてのイギリスとアメリカの女性作家による怪談を、各4篇ずつ収録。
(1)エリザベス・ギャスケル「老いた子守り女の話」
(2)メアリー・エリザベス・ブラッドン「冷たい抱擁」
(3)シャーロット・リデル「ヴォクスホール通りの古家」
(4)ヴァイオレット・ハント「祈り」
(5)シャーロット・パーキンズ・ギルマン「藤の大樹」
(6)ケイト・ショパン「手紙」
(7)メアリ・ウィルキンズ・フリーマン「ルエラ・ミラー」
(8)イーディス・ウォートン「呼び鈴」
 ゾンビ小説の先駆けのような(4)と、幽霊は出ないが妻の遺言に呪縛された夫の心理描写がおもしろい(6)、精神的吸血鬼と魔女狩りをミックスしたような(7)が印象に残った。本の内容そのものには大きな不満はないが、8篇でこの売価は高すぎるだろう。

H・P・ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』(学習研究社)[Amazon]
 ホラー史上の里程標的評論である表題作を中心にしたH・P・ラヴクラフトの著作集。ところがラインナップはどう見ても創元推理文庫版全集別巻3のようで、独立した一冊の本としては違和感を免れない。編訳者大瀧啓裕氏ならではの詳細を極めた注解がてんこ盛りになっているかもと期待していたのだが、読者自身に考えさせようという方針のようで、示唆を含めた解題のみなのも物足りなかった。
 ともあれ、ホラーについて考えるには必読の評論が新刊でふたたび読めるようになったことは素直に喜びたい。ラヴクラフトの創作のバックボーンを探ったり古典的名作を読むための手引きとしてばかりでなく、モダンホラーの現状と比較して読んでこそ、この評論の真価が判るのだが、その話題はいずれまた。

E・R・バローズ『月のプリンセス』(創元推理文庫)[Amazon]
月シリーズ三部作の第一部。時は1967年。何度も転生を繰り返し、未来も含めてすべての人生の記憶を持っているという男が、21世紀で体験した冒険を語る。火星(現実の火星ではなく、火星シリーズのバルスーム!)を目指し出発した宇宙船が、錯乱した乗員の破壊工作により月に不時着。月は内部が空洞になっていて大気があり、人類に似通った種族までもが棲息していた。主人公は月人の王女と恋仲になるが、月世界の覇権を巡る戦乱に巻き込まれる。地球空洞説ならぬ月空洞説が読みどころだろうが、あまり掘り下げられておらず、月世界の生物や社会の描写もあまりインパクトはない。主人公は21世紀の人生では、なぜか転生の記憶を失っている様子。まあ、ほんとにぜんぶ記憶していたら、冒険が成り立たないわけだが。先に構想されたのは第二部の方でバローズの作品中でも異色作というから、そちらに期待しよう。

『東宝特撮総進撃 (別冊映画秘宝) 』(洋泉社)[Amazon]
 東宝の特撮映画全89作をレビューしたムック。母胎が「映画秘宝」だけにひねった視点のものが多く、完全マニア向け。評論家以外の著名人も多い執筆陣があまりの大所帯でクオリティが一定せず、はっきりいって玉石混淆なのがつらい。資料性もそんなに高くなくて、なんというか、全体にマニア同士が飲み会でだべっているような雰囲気の本である。そういう雰囲気が好きな読者は楽しめるのだろうが、私には物足りなかった。

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